第19話 執着してるかも

 大きなアラーム音が鳴った。


 驚いて顔を上げると、晴ちゃんがスマホを触って音源を止めてた。どうやらセットしていた目覚ましだったみたいだ。


 スマホを脇に置き口に手を当てて、あくびをかみ殺してる。目の端に涙が溜まり、緩み切った顔はとても新鮮だ。


 吸血した晩に一緒に寝ることは多いけど、大抵は晴ちゃんが早く起きている。私が起きる時刻には既に準備を整え、彼女が起こしてくれることも少なくない。


 そんなめったに見られない表情を盗み見ていたのだが、すぐに気づかれてしまった。


「千鈴さん、おはようございます。眠れましたか?」

「おはよ晴ちゃん……ううん、あんまり」


 眠れなかったのは確かだ。晴ちゃんに抱き枕にされた時から、眠気は吹き飛び目が冴えていた。とんでもないことをしてくれたものだ。


「すいません、暑かったですか? もう離れてもいいですよ」

「そんなことないけど……そう見える?」

「ずっと抱きしめてしまっていましたし、なによりお顔が赤くなっていますから」


 晴ちゃんの両手が私の両頬を包む。私より体温が低い彼女の手は、熱を吸い取ってくれてるようで気持ちいい。


 だがそのままワシワシと撫でてくるのは、なんなんだろうか。


 普段の優しい手つきではなく無遠慮なそれは、まるで動物に対する撫で方に思える。


 嫌ではないけど、不服ではある。抱き枕を精一杯勤めたのだから、優しく撫でてくれてもいいのに。


 そんな私の心の抗議をよそに、彼女は撫でることに満足したのか手を離す。止めて欲しいとは思ってない、まだしててもいいんだけど。


 さらに彼女は上体まで起こしてきた。


 私も抵抗できずに後ろへ下がり、起き上がる形になる。まだもう少しこのままでいたかったのに。人間の手で棲み家を追われる野生動物の気分を味わった。


「顔をしきりに動かしていましたし、居心地が悪そうでしたね。眠れなかったのはそのせいかもしれません」


 その言葉にドキリとさせられる。ある意味間違いではない。


 眠れてない理由は晴ちゃんには、とてもじゃないが言えない。


 まさか彼女の胸部が気になって眠れなかったと言うのは、恥ずかしすぎる。


 私は悪くない。彼女が押し付けてきたのが悪いのだ。


 進んで抱き枕にされはしたけど、こんなことになるとは思わなかった。小さくはない胸部が顔に当った時は、私だって狼狽したのだ。


 何度か彼女へ言おうとはした。当たってるよと一言告げれば済む話だというのも分かってる。

 しかし、同性どうしで気にしてるのも変かなと思ってしまったのだ。女性の胸を意識してる変態だと思われたくない。


 あと顔は動かしていたけど、当る感触がこそばゆかったので、ついやってしまっただけだ。


 決して感触を確かめてたわけではない。断じてない。


「……違うの。い、居心地はよかったよ、その、とっても」


 これは嘘ではない。掛け値のない本心。


 晴ちゃんは私を抱き枕にすると言ったけど、してる時はそれすなわち、されているということでもある。


 抱き枕になるのは今日だけだと言ったけど、二回目以降も満更でもない。柔らかい上等な枕もついていたし……。


 次は熟睡できると思う。多分。


「今日はたまたまっていうか……」

「つまり今日は眠れていないんですよね?」

「……うん」

 

 気になってしまったんだもん。


「それはよくないですね。この後の勉強にも差し障りが出るかもしれませんし」


 彼女にそんな気は一切ないだろうけど、言外に責められてる風に受け取ってしまう。私の悪事がばれてしまった気分になる。何も悪いことはしてない……はずなんだけど。


 それに勉強の事を考えたら、俄かに眠気を感じ始めた。元々は眠かったのだから、晴ちゃんとの触れ合いによる昂ぶりが無くなれば、改めて返ってくるのは当然ともいえる。


 今更ながらに、温かい日差しとソファの柔らかさに眠気が誘われた。寝ておきたかったと後悔が募る。


「うん、そう、かも。このままだと身が入らないと思う」

「……それでは時間を延長しませんか? 私は仕事があるので一度戻りますが、いい時間になったら起こしにきますよ」


 とても魅力的な提案に聞こえる。頭をスッキリさせないとどうしようもない。


「じゃあ、そう、しようかな?」

「ええ、是非そうして下さい。私が変な事に付き合わせてしまったせいでもあるので、そうして頂けるなら罪悪感も和らぎます」


 確実に私のせいだから、責任を晴ちゃんが感じることはない。でも理由が説明できない以上、弁明もできない。心苦しいけど何も言わず黙秘する。


「それで、ここでは眠れないようなので、自室に戻りますか?」


 お部屋に? それもいいけど、実はここに来た時から気になってるものがある。


「ううん、ここでいいよ。今なら寝れるからここがいい」

「それならいいのですが……」


 ソファーベッドの背もたれに、綺麗に畳まれた状態で掛けられたタオルケット。それがずっと気になってる。


「ね、そこにあるタオルケットって、普段晴ちゃんが使ってるやつ?」

「ええ、そうです」

「……借りてもいい?」


 平静は装っているけど、正直何て言われるか緊張してる。お昼寝するから上にかけるものを借りる。別に変ったことじゃない、当たり前のことだ。


「構いませんが、何度か使用してますよ。定期的に洗ってはいますが……」

「つ、使ってるんだ」

「はい、ですから洗濯済みの物を持って――」

「い、いいから。もう寝るからこれでいいよ!」


 タオルケットを急いで掴んで手元に持ってくる。無事確保できた。


「……そうですか? ではおやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 訝しみながらも出て行く晴ちゃん。完全に彼女が見えなくなるまでそのままの姿勢で見送った。


 いなくなったことを確認した後、先ほどまで彼女が座っていた部分を手で触る。まだほんのりと温かい。境目を探すかのようにゆっくりと擦った。


 まだ温かかった部分へ体を横たえる。彼女とは違って横向きの体勢。足も折り曲げて小さくなった。


 手に持ったいたタオルケットを広げて頭から被る。上手く体全体を包むことは出来ず、頭からお腹までの範囲を覆うだけになったけど、今はそれで構わない。


 頭を包み込んだ布からは洗剤の香り、それと晴ちゃんの匂いがする。最近温くなってきていたからだろうか、ほんの僅かに汗の匂いも感じた。


 お腹のあたりにタオルケットの余った布が丸まっていた。それををギュッと掴み、体を丸めるようにして抱きつぶす。



 なんか私、変だ。



 ただ晴ちゃんが使っただけの布に執着している。それに包まれ、彼女の匂いがすることに喜びを感じる。


 彼女に執着するならわかる。だって彼女は私の大切な献属だもん。優しいし、綺麗だし、吸血もさせてくれる、本能的にも魅力的に映る。


 しかしだからと言って、彼女の温もりや匂いに一喜一憂する理由はないはずだ。思い返せば、前々から献属にするには目に余る行動をしてしまった気もする。


 それに今日は彼女の胸を触った程度で動揺してしまった。今までだって顔は無いにしても、吸血の最中とかに偶然当たってしまったことは記憶にある。


 吸血に夢中だったからかもしれないけど、その時は柔らかいくらいの感想しかなかったはずだ。


 むしろそっちの方が正しい反応だろう。同性なのだから。


 先にも考えたけど、これではまるで女性の胸を意識する変態ではないか。


 ……変態なのだろうか。だとしたら匂い等に執着したのにも説明がつく。


 違うと思いたい。けど、であればこの執着心を生み出してる気持ちはなんなのだろうか。


 今までにだって、大切な人はたくさんいる。


 まずは家族。これは当然だろう。

 それに司さんを含めた家政婦の皆さん。非常に親しくさせて貰ってるし、第二の家族と言ってもおかしくない。

 後は学校の友人。幼馴染の二人は特に長い付き合いで、喧嘩もしたことがあるくらい打ち解けあってる。


 皆みんな大切な人。比べること自体おかしくはあるけど、晴ちゃんと比較しても同じくらい大事。


 でも晴ちゃんへの気持ちは特別に独特だ。


 大切にしたいのと並んで、独占して私だけにしたいというエゴイスティックな思いも抱いてる。


 献属だからだろうか。違う気もする。


 わからない。眠たくなってきた。頭が動かない。


 今はっきりとさせといた方がいい気もする。


 でももう意識が灯が消えそうだ。


 考えたくない。いや考えるべきだ。


 わからない。


 眠い。


 本当に消える直前の意識、起きたら記憶に残るかも怪しい状況の中、ふとあることを閃いた。


 もしかして私って、晴ちゃんのことがとっても好きなのでは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る