第9話 エリート獄卒のワイルドボア討伐
「ん゛ん゛っ……。」
身体、特に頭と肩に気だるさを感じながら起き上がる。
───アルコールのせいでしょうか。
地獄では感じたことのない、喉の乾きと
「地獄では飲んだことのないお酒でしたからね。
……わいん、でしたか。あれは美味しかった。」
すっかりワインがお気に入りになった今日、私にはひとつの目標があるのだ。
「食料を、探しましょう。」
できるだけ、瘴気を
まずは魔物を色々狩って味見をしてみよう。
この世界で“美味しく食べられる物”を探すべく、獄卒着に袖を通してギルドへ向かうのだった。
◇◆◇
「おおっ!ヤシャさん!今日はゆっくりですねぇ!」
「ええ、昨日は少し夜更かしをしすぎました。ところで───」
依頼ボードに目を向ける。
昼を過ぎると紙の数が減るらしい。
常時貼り付けられていることが
「魔物を狩りたいのですが。」
「はぁい!モンスター討伐系ですねぇ!そしたらぁ……。」
アイシャがカウンターから出てきて隣にならぶ。
んー……どれがいいかなぁ……とぶつぶつ呟きながら依頼ボードを見回し、「これっ!」と1枚をいきおいよく切り取った。
「ああっ。」
アイシャの必殺・先手切り取りに思わず声が漏れてしまいました。
彼女は許可を取る前に勝手に依頼を押しつけてくる。
前回のゴブリン集落でも、この手法に振り回されて歩きくたびれたというのに……油断していました。
次こそは好き勝手に依頼は受けないぞ、と恨めしい視線を送りながらアイシャの差し出した紙を受け取る。
『ワイルドボア討伐【1匹:D級】』
「D、ですか。悪くないですね。」
「最近、ワイルドボアの作物被害がひどいみたいでぇ。すごい数の足あとで、畑が踏みあらされて困ってるんですぅ。」
一体なにが来るかと身構えていましたが、D級なら前回よりはカンタン、ということですね。
「わかりました。受けましょう。」
「ありがとうございますぅ!
……まぁ、イヤって言われても、もう切り取っちゃってるんですけどねっ、てへっ。」
……アイシャはこういう受付嬢だった。
一気に表情を、すんっと抜け落ちさせながら依頼の詳細を聞く。
どうやら、「特に目撃情報が多いのは、エルド村のはずれでぇ」「毛皮、肉、角、骨が主な素材として買い取れますぅ」だそうで。
「詳しいことは現地の村人さんに聞きこみをお願いしますぅ!」と言うアイシャに送られつつ、さっそく私はエルド村へと出発したのだった。
◇◆◇
「ここ、でしょうか。」
『エル@村%#うこそ───』
村の入口には看板がかかっているものの、その文字は
看板を通過し、村へはいると……活気の失われた
各々の家の軒先に広がる畑はたしかに踏み荒らされた形跡があり、村の奥に見える水車は動きを止めている。
家の影からかすかに人の喋り声が風に乗って耳にとどき、無人村ではないことにひと安心した。
「こんにちは、」
近くの家の裏手から鼻歌が聞こえたので、回り込んで声をかけてみる。
「きゃぁぁあっ!?」
金髪をおさげにした十三、四くらいのやせた少女が、
「すみません。驚かせてしまいましたか。」
「いやぁっ!ごめんなさい!ごめんなさい!おヘソ、取らないでぇっ!」
少女はこちらを一瞬見ると、さらにパニックになって目とお腹の辺りをそれぞれ隠してぶるぶると震えている。
「おヘソ……?
あの、エーデルロイドからきた冒険者です。ワイルドボアの討伐依頼で……。」
「……え?冒険者の方……?」
おさげを両手に握っておそるおそる振り返る少女。
冒険者カードを目の前に掲げると、ガバッ!と立ち上がり勢いよく金髪の頭がさがった。
「ごごご、ごめんなさいっ!私……失礼なことを……。」
「いえ、出で立ちが特殊なのは自認していますし……気にしていませんよ。」
「じ、実は……南洋の国の昔話で読んだ神様に、とっても似てて……」
どうやら、この世界のおとぎ話で「ウソをついたり、悪いことをすると神様がおヘソを取り上げて食べてしまう」という伝承があるそうで。
私の格好がその神様に似ていた、ということですか。
「ホント、すみません……。」
少女は、しゅんとうつむいてしまったが「あっ!」と声を上げ、またも勢いよく顔を上げた。
「冒険者さんなんでしたよね!ワイルドボア討伐に、って!」
「はい、そうでした。ここはエルド村で間違いないでしょうか。」
ワイルドボアを討伐しに来た、とあらためて伝えると少女は顔をパアァと輝かせて、
「おかあさーーん!村長さーーん!冒険者さんたちが来てくれたわ!!」
と、村の奥へと走っていった。
「お、おぉ。あなたがたが……!」
すぐに老人を先頭にして村人と思しき数人がワラワラと集まってくるが、夜叉を見るとふと顔を曇らせた。
「……おひとり、ですかな?」
「ええ、私だけです。」
夜叉の返答に不安そうな声が人々の間で
「ひとり?」
「パーティーじゃないなんて……。」
「無理なんじゃないか?」
「私たちの村は見捨てられたのかしら。」
「ギルドではD級と言われてきたのですか……。ひとりだとなにか不都合が?」
そういえば詳しいことは現地で聞き込みを、と言われていましたね。
嫌な予感を覚えつつ、怯える村人に話を促す。
「ワイルドボアですが、おそらく……群れなんです。」
「群れ、ですか。」
「1頭なら村人で団結してどうにかしてきましたが、今回は5頭くらいの群れでどうしようもなくて……。」
若い村人が震える声で現状をぽつぽつと話していく。
「だから、今回ギルドに依頼を出したんです。てっきりパーティーで来てくれるのかと思っていました……。
1頭でも手こずる相手です。おひとりで討伐できるとはとても……。」
なるほど……
脳裏に「てへっ!」とウインクするアイシャの顔がよぎる。
───とはいえ、エリートとも呼ばれた獄卒。
与えられた仕事はきっちりこなす、無理難題でもねじ伏せる。
それが、仕事人というものです。
「現状はわかりました。問題ありません。」
諦めと
「二兎を追いながら三兎をも得る、完璧な仕事ぶりは私の得意領域です。」
夜叉はまだ見ぬ食材に心を踊らせながら森へ踏み込んでいった。
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