第8話 エリート獄卒と現世の食事

「ほう、ここが現世の“酒場”ですか。」


 ギルドからの帰り際にアイシャに聞いたところ、エドワードを初めとする冒険者はココ、“ノヴァ・コルヴォ”という大衆酒場が主なまり場だそうだ。


「さしずめ“九烏亭きゅううてい”といったところでしょうか。おもむき深い。」


 名付けのセンスにやや感心しつつ木製の扉を押し開ける。


「おいおい、お前今日もシケてんなぁ!」

「俺ァ今日、レッドスパイダーの巣を見つけたんだ!んでよォ、家ごと丸焼きだぜ!」

「明日の討伐はキツくなりそうだよな!血が騒ぐぜ!」

「テメェ!今俺のコト笑ったよな?ぶっ殺すぞ!」

「いいぞ!」

「やれやれ!」


 開けた途端に、扉から漏れていた喧騒けんそうがダイレクトに届く。


「……うるさいですね。地獄ではこんなに楽しそうな人間たちは見たことがない。」


 耳元をぶわぁっと駆け抜ける歓声と怒声。目の前を煌々こうこうと照らすランプたち。

 そして、感情をあらわに怒ったり笑ったりしている人間。


 ───本来の人間とはこんなにも“生”を感じさせるものなのですね。


「おーい、ヤシャ!こっちだ!」


 あまりの熱気に入口で足を止めて突っ立っていた夜叉は目立っていたのだろう、その姿を見つけたエドワードが大きく手を振っている。


 同じテーブルにはガイとイワン。


「こんばんは。こちらに居るだろうと聞いたものですから。」


 手招きされるがままに3人のいるテーブルにつく。


「いやー、今日中には帰ってこないと思ってたよ!」

「まさかヤシャさんが失敗するなんて思ってもみなくて……でも今夜一緒に飲めるのは嬉しいですっ!」

「まぁ初めての依頼だしな!なんなら次行く時は俺たちが道案内してやるからよ、とりあえず、今夜は呑もうぜ!」


 やはり、今回の依頼は1日で終わらせるものではなかったらしい。


「いえ、終わらせました。」


「ん?」


「依頼を終わらせて、来ました。」


「「ん?」」


「ゴブリン集落の討伐、してきました。」


「「「……。」」」


 ぐびぐびぐび。


 3人は顔を見合わせると、目の前の酒を一気に呷る。


「………………っかぁーーーーっ!!イミワカンネーーーー!!!」

「いや、さすがヤシャだな!規格外もいいところだ!なるほど、分からん!」

「びびびびっくりしました!終わらせて帰ってきたってことねすよね!?」


 なにが面白いのか、大口を開けて笑いながらバシバシと肩や背中を思いっきり叩かれる。

 ───と、いきなりガイにぐいっと肩を引き寄せられ、3人はひたいを合わせて小声になった。


「実際よ、ヤシャ、お前って何者なんだよ。」


「何者、とは。」


「いや、指名手配されてる暗殺者とか、闇の研究を持ち逃げしてる研究員、とかそういうの。」


 冗談にしては目が真剣だ。


「ヤシャ、君はちぐはぐに見えるんだ。こちらの地方の情報や冒険者について何も知らない割に強すぎる。

 それにその格好もだ。この世界の常識と外れてることが多すぎるんだよ。」


「……そうですね。」


 やはり私の外見や力はこの世界では異質なようです。


「実は───」


 エドワード、ガイ、イワン。出会ったのはつい3日前だが、こんな得体の知れない私に親切にしてくれた。

 人間の本来の姿がこんなにも、のびのびと自由なものだと見せてくれた。


 それだけでたとえ裏切られる結果でも真実を話してみたいと、そう思った。


「私は、この世界の住人ではないのです。」


「「「……。」」」


 反応がない。


「……私は、この世界の住人では、ないのです。」


 言い含めるようにもう一度言ってみる。


 3人は奇っ怪なものでも見るような目で私の顔を見つめると、3つの顔を見合わせて、


「ははははははっ!!」

「だぁはははははぁっ!!」

「ひーーー!ヤシャさんでも冗談言うんですね!へへへっ!」


 爆笑した。


「はぁはぁ。悪かったよ、興味本位で詮索しちまって。」

「ゴメンナサイ、気になってしまったんです。でも素性を隠す人なんて冒険者にはごまんといますからね。」


「あー、それにしても、ふふっ。ヤシャもそんな芸当できるんだな。真顔がさらにいい味出てたぜ。プッ……。」


 どうやら冗談だと思われてしまったようですね。

 でも心底楽しそうな3人に、不思議と嫌な気持ちはしない。


「まぁ、ともかくだ、俺たちとヤシャの出会いに……」


 エドワードの掛け声に、ガイとイワンも酒を掲げる。

 慌てて私も目の前の酒を手に取り、


「「「カンパーイ!!!」」」


 この世界にきて初めての、飲食をした。


 ……そういえば、3日前から何も口にしていませんでしたね。


 お腹は空いていたはずだったが、食べるタイミングを逃して何故かそのまま放置していたのだった。


「あの、すみません。ココでは食事もとれるのでしょうか。」


 私の発言が鶴の一声だったようにガイが次々と注文し、すぐにテーブルが料理で埋めつくされる。


「いただきまーす!!」


 小柄なイワンがいのいちばんに肉を両手に取り、モシャモシャと食べはじめると、エドワードとガイも続くようにしてガツガツと料理を口に運ぶ。


 そんな3人を横目に、近くにあったサラダを少し取り、違和感に気づく。


 ───匂いがしない。


 正確には、“食事だと認識できる”匂いがしない。


 目の前にあるサラダに少しも食欲をそそられないのだ。


「───っ!?」


 ひとくち食べるが、まるで紙を食べるような味気なさに思わず少しのけぞる。


 地獄ではこんなことはありませんでしたが……。どうしたことでしょうか。


 地上とおなじ食事を料理小鬼たちが食堂で提供していた日常を思い出す。

 彼らは確か自給自足で“コスパの良い”社員食堂に誇りを持っている、と普段から鼻を高くして吹聴ふいちょうしまくっていた。


 ……自給自足。

 ……つまりは、地獄の瘴気に晒された野菜と、屍肉。


「ふむ。」


 地上の食事には圧倒的に瘴気が足りていない。

 もしかすると、それがこの味覚の原因かもしれませんね。


 食事を研究しなければ飢え死になんてことが……。


 今日は目下、この大量の皿から一筋の希望を探し求めるしかない。


 もしゃもしゃと片っ端から味のしない料理を一口ずつ食べながら、明日から食べれるものを探そう、と決心した。


 ……ちなみに、アルコールはとても美味かった。


 この世界の酒───ワインを気に入ったヤシャの腰に銀色の水筒が吊り下げられるのは、まだ数日後の話である。

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