第10話 エリート獄卒の食糧探し


「これでひと通り、ですね。」


 村人に携えられた木の実と蜜の罠を3箇所に仕掛け終わると、近くの切り株に腰を下ろす。


 ワイルドボアが現れたのは2日前の昼ごろ。

 村の畑を踏み荒らし、外に置かれた干し肉や木の実を食べ尽くしていったという。


 それ以来、姿を見せていないことから罠を仕掛ければ今日中には掛かるだろう、ということだった。


「かかるまでヒマですねぇ。」


 近くを見回すが、食べられそうな植物は見当たらない。


「すこし、探してみましょうか。」


 ───私の、食糧になるモノを。


 森に入ってから、鼻腔びこうをくすぐる匂いが気になっていた。


 エーデルロイドでは料理を見ても食欲がわかなかったのに、この森では腹の虫が「食事!食事!」と主張してきている。


 おそらく、食べられるものがある。そんな気がしていた。


 足音をしのばせ、森の奥へと進んでいくと、


「いい匂いです。食欲をそそる……。」


 鼻腔センサーに反応するモノが草陰にいた。


 近くの木に飛び乗り、視線を落とすと、


 ───カサカサカサ。


 なにかに喰らいつくウサギ、のようなものがいた。


 ウサギと言うには、あまりにも可愛らしくない。

 紫がかった体躯たいくに、背中にはラクダのようなこぶ。極めつけに額には3つ目の目がついており、禍々しい雰囲気をかもしていた。


「あれ、ホントに美味しいんでしょうか。」


 視覚と嗅覚があまりにも相反しているが、仕方ない。


「今日はとりあえず好き嫌いしないと、決めましたから───ねっ!」


 赤黒く内側から光っていた、額の第3の目を狙って石を弾く。


 道すがらちょうどいい石を拾ってきていてよかったです。


「ギャンッ」


 短い悲鳴をあげてウサギもどきは横に倒れ、ぴくぴくと四肢を痙攣させている。


「いただきますね。」


 木からすとん、と飛び降りると第3の目をめがけて小型ナイフを貫通させる。


 ───パキ


 魔石の割れる音がして、ウサギもどきは生物から食糧へと存在意義を変えた。


「まずは、炙ってみましょう。」


 毛皮を粗くぎ、肉を薄くスライスする。

 このくらいなら、“初心者スターターセット”に入っていた簡易コンロで火が通るでしょう。“魔導器”というのは便利ですね。


 ボッとワンタッチで火を起こして軽く炙る。


「おぉ、かすかですが味がします。」


 淡白な薄味だが、昨晩食べた紙のような野菜よりは何倍もマシだった。


「では……」


 これも、今回実験すると決めていたことだ。


 覚悟を決めて、スライスした肉を生で口に入れる。


「……。」


 もう1枚。


「……。」


 もう1枚。


「……食べられます。」


 もう1枚。


「…………おいしい。」


 久しぶりに感じる“味覚”。


「なるほど、生肉がいちばん美味しい。」


 感動に身を震わせつつ、布袋に残りのウサギもどきを放り込む。


「これは、期待できるかもしれません。

 次です、次を探しましょう。」


 そうして、歩き回ること数分。


 次に見つけたのは蛇の魔物。


「肉、美味しくない。血、美味しい。」


 豚とサイを混ぜたような中型の魔物。


「肉、美味しい。」


 八本足のリス。


「美味しくない。」


 それから私は目に付いた魔物を片っ端から味見していく。

 一刻をすぎた頃には、布袋は「美味しい」魔物でいっぱいになっていた。


「大分、集まりましたね。」


 思わぬ収穫の多さに、普段動かない頬の筋肉が少し上がる。


「こちらは持ち帰ってゆっくり楽しむとしましょう。」


 向こう数日は空腹感に悩まされることもなくなろう。

 今日の目的をひとつ達成した私は、充足感を感じながらワイルドボアの罠へと道をもどる。


「さて、そろそろかかっているでしょうか……。」



 ◇◆◇



 日が暮れ始め、当たりが橙に染まり始める頃。


 ───ズズッ……ズズッ……


「4頭ともなるとさすがに重い。」


 討伐を終えた私はエルド村の入口まで帰路を辿っていた。


 罠に群がって木の実を喰い散らかしていたワイルドボアは、事前情報通りの5頭。


 小型~中型の魔物の狩り方が分かってきた私にとって、知能も連携もないワイルドボアたちは力で蹂躙じゅうりんしてしまえば何てことのない討伐だった。


 困ったのは、処理方法。


「持ち帰るのは、皮、肉、角、骨でしたか。ほとんど全部ですね。」


 エドワードたちがハングリーベアを解体した時のことを思い出して、見よう見まねで解体してみたものの、その出来栄えは酷かった。


 骨についた肉は上手く切り取れないし、毛皮は途中でちぎれてしまう。

 うまくいったのは角くらいのものだった。


(等活地獄にいる料理子鬼の手腕を学ぶべきでしたね。)


 とりあえず解体した1頭分だけ布袋に詰め、残りの4頭をどう運んだものか。

 考えた結果───


「おかえりなさい!……って、きゃあ!?」


 私に気づいた金髪おさげの少女が出迎えに駆け寄ってくるも、私の背後にこんもりと山を作るワイルドボアをみて悲鳴をあげた。


「えっ!?し、死んでますよね……?」


 恐る恐る後ろを覗き込みながら聞いてくる。


「はい。5頭、討伐してきました。」


 そして、解体できなかった4頭の首には縄を括りつけ、ここまで引きずってきたのだった。

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エリート獄卒の異世界冒険譚 タナカタロウ @kch_kch_bo

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