第7話 エリート獄卒は規格外すぎる!

「ただいま戻りました。」


 エーデルロイドに着く頃にはすっかり日が沈み、ギルドまでの道のりは酔っ払った人々の喧騒けんそうあふれていた。


「ヤシャさん!?」


 私にこの面倒な依頼をおしつけた受付嬢、アイシャが目を丸くしてカウンター越しに振り返ってきた。


「やっぱり……始めからCランク依頼は難しかったですかぁ?」


 カウンターから出てこちらに近寄り、目をうるうるさせながら見上げてくる。


「えぇ、それはもう。あんなにも遠い場所で範囲も広いなんて聞いてませんでしたので。」


 さまよい歩いた恨みをこめた目線をアイシャにおくる。


「ごめんなさぁい。でもまさか、こんな夜まで集落を探し歩いてたなんてぇ……。

 今回の依頼は1週間の期限ですから、次は案内役の冒険者をご紹介しますぅ。それでっ、もう一度チャレンジしましょう!ねっ?」


「もう一度……?」


「はい!期限内なら達成するまでに何度でも討伐に向かっていただいて大丈夫ですからねぇ!」


「私にもう一度、集落の討伐をしろというのですか。」


 アイシャは申し訳なさそうに伏し目がちになると


「1度受けてしまった依頼は、達成しないと違約金いやくきんが発生するんですぅ。

 ただし!失敗しても期限内ならモーマンタイ!ですっ!」


「失敗、ですか。」


「はいぃ。今日は集落は見つけられなかったんですよね?」


「いえ、見つけました。」


 沈黙。


「はい?」

「はい?」


「えと……。集落が見つからなかったから、こんな夜まで探し歩いて帰ってこられたんですよねぇ?」


「いえ。集落が見つかったから、こんな夜までかかってしまい、今帰ってきたんです。」


 沈黙。


「え?」

「え?」


 イマイチ状況が分からないと言った顔のアイシャと、この受付嬢はなにを言っているんだという顔の私がお互いの顔を見てかたまる。


「んんん?ヤシャさん、今回の依頼は“ナキラの森”のはずれですよねぇ?しかもぉ、集落の討伐。」


「はい、その通りです。」


「ナキラの森に着く頃には、夕方じゃありませんでしたかぁ?」


「いえ、お昼ごろに到着しました。」


「は?お昼ごろ?」


 アイシャの語尾が短くなる。


「えっとぉ……。集落の討伐はぁ、ゴブリンの体力が尽きる日没ごろが定石なんですがぁ……。」


「たしかに、最後のほうは日が沈み始めていましたね。」


「えぇっ!じゃあ討伐してから帰ってきてこの時間ってこと、ですかぁ!?」


「はい。」


「さすがに、規格外すぎですぅ……。ふつう、ナキラの集落討伐なら泊まりがけで翌日帰還ですよぉ。

 あー!びっくりしたぁ!」


 アイシャは大きく息を吐くと、パタパタとカウンターに駆け込んでいき横にあるトレイを指し示した。


「ではぁ、達成の確認をするのでココに証明部位の提出、お願いしまぁす!」


 ドスンッ


「は?」


 私が昨日もらった“冒険者スターターセット”に含まれていた布袋パンパンのゴブリンの耳を置くと、アイシャは初めて聞くような低い声で怪訝けげんそうに袋と私の顔を見比べた。


「ん゛ん゛っ。えっとぉ、コレ、全部ですかぁ……?

 中身、開けさせてもらいますねぇ。」


 そう言うと、袋を逆さにする。


 ドサドサドサドサッ


 深緑の体液にまみれた緑の耳の山。


「うえぇ。なんですかぁ、この量。」


「ですから、ゴブリンの集落を討伐しました、と。」


「今回のゴブリンの集落ってぇ、小さい集落のハズだったんですがぁ。」


「ちいさい……?相場が分かりませんが、相当歩きまわるほど広かったですよ。」


「……ヤシャさん、いったいどこまで行ったんですかぁ!?」


「ナキラの森、ですが。」


「今回のナキラの森の集落はぁ、10~20匹の集落のハズですぅ。これ、100超えてますよねぇ!?」


 そう詰め寄られ、ふと思い出す。

 たしか、最初の集団は18匹だった。


 ……ではその後の集落たちはなんだったのでしょうか。


「たしかに、最初の集団はそのくらいでした。」


「最初の集団?」


「その、数が少なすぎると思いまして。洞窟の先に向かったんです。」


「いえ、すみませぇん。私が相場の数、伝えてなかったですよねぇ。」


 正直に伝えると、アイシャは「はああぁぁぁ」と長くため息をついた。


「それにしてもぉ……それにしてもぉ!コレはやりすぎですぅ!

 っていうか、ヤシャさんどこまで行ったんですかぁ!?もしかしなくても、他の集落討伐依頼まで完了しちゃったんじゃないですかぁ!?」


 私は地図を取りだして眺める。

 ナキラの森に到着したと思ってから、おそらく8里以上は歩いたような気がする。


 ……ということは。


「この地図には載ってなさそうです。」


「えぇぇっ!?ホントにどこまでいっちゃったんですかぁ!……まぁ分かりましたぁ。あとはこちらで預かりますぅ。

 とりあえず依頼達成金、持ってくるのでお待ちくださぁい!」


 もうっ!隣町とも連絡取らなきゃ!仕事増えちゃったよぉ!と言いながらアイシャはゴブリンの耳のこんもりのったトレイを裏へと運んでいった。


「お待たせしましたぁ!今回の依頼達成金50ゴールドと、ゴブリンの耳114個で11ゴールド4シルバーでぇす。」


 なるほど、これがこちらの世界の通貨、という訳ですね。


 初めての収入に少し浮かれながらふところから巾着を取り出して、中にしまう。


「ヤシャさんって服装も変わってますけど、持ち物も変わった柄なんですねぇ。」


 そういわれ、はた、と気づく。


「たしかに、不釣合いな服のままでしたね。」


「んー、似合っててカッコいいとは思いますけどねぇ!目立つといえば目立ちますぅ。お金がたまったら防具とかと一緒にこの地方のお洋服、1着くらい買ってもいいカモですねえ!」


 たしかに、“洋服”なるものを着てみるのも悪くないかもしれない。


「そうですね、前向きに検討します。」


「まっ、好きな服がイチバンだと思いますよぉ!その服も珍しくて私は好きですぅ。

 もし依頼以外でも、お店屋さんとか分からないことがあれば相談に乗りますから気軽に聞いてくださいねぇ!」


 では、ありがとうございましたぁ!というアイシャの声に会釈えしゃくを返し、出入口に向かう途中で思い出す。


 そういえば今夜は楽しみにしていた予定があったのでした。


「さっそく質問が。エドワードさんたちはどこでお酒を飲まれているのでしょうか。」

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