第5話 エリート獄卒の実践試験

 パァン!!!


 メジュームが自らの筋肉を叩く音が響きわたる。


「うし、私はいつでも良いですよ。前衛職の試験ですから、魔法は防御以外は使わないように。」


 彼の全身から緊張の抜けた気配がする。


 なるほど、相当舐められているようですね。


「殺さない、以外の縛りはありますか?」


「ハハハッ!そうですね、それ以外はありません。

 私も、ヤシャさんを殺さないように気をつけなくては。」


 心底おかしいことを聞いたように大口をあけて笑うメジューム。


「では、まずは一撃。軽くいきます───よっ!」


「イヤイヤ、敵に宣言をするなんてぇっ───!?」


 縮地しゅくちで距離を詰めると、足先に神経を集中させ、硬くした爪先でメジュームの左脚のけんき切る。


「がァッ!?」


 縮地。地獄での地獄のようなタイムスケジュールに適応するため、『金窪行親かねくぼゆきちか』とかいう暗殺忍者に教わったのがさいわいしました。

 やはり、生活の知恵というのは何処でもきますね。


「次、いきます。」


「待て待てまてま───クァあああ!!」


 今度は指先に神経を集中させ、一薙ひとなぎ。


 右肩の付け根を下から上へ一気に切り裂く。


「ココの神経をやってしまえば、腕は使いモノにならなくなりますからね。便利です。」


 相手の体勢が崩れたところで、袖の下に手を入れ、地獄槍そうを取り出す。


 ───ブゥン……


 ひと振りすると、手のひらに収まるほどだった槍はたちまち元の大きさに戻る。


「やはり、コレは使い勝手がいい。」


 自分の背丈よりも大きく、腕よりも太い槍をおおきく振りかぶり、距離を詰めようと跳びあがる。


「降参だ!!こうさん!!試験は終わり!!合格だ!!!!」


 その刃先を振りおろす直前に、メジュームの怒号が空気を大きく振動させた。


「こうさん、ですか。」


「分かったよ、ヤシャさんは強かった。

 あなどって悪かった。試験も合格だ。」


 刃を不自然な箇所で止めたままの私にメジュームさんがにじり寄ってくる。


 あぁ、最初に脚の健を切ってしまったから立ち上がれないのですね。


「分かりました。」


 くるりと振り返り、段々になっている席の最前線で監視者のように並んでいた3人に声をかける。


「合格、しました。」


「お、おう……。」

「さすがだな……。」

「な、なにも見えなかったです……。」


 せっかく合格したのにあまり一緒には喜んでくれないようですね。


 少し残念に思いながら3人の元にスタスタと歩いていくと、ハッとしたように我に返ったエドワードが私の肩をばしばしと叩く。


「いや、すごい!すごかったよ!メジュームはアレでもA級冒険者なんだ。

 その彼を一瞬のうちに戦闘不能にするなんて。」


 そうして主にエドワードとガイの胸筋に挟まれてもみくちゃにされ、その周りをイワンがぴょんぴょんと嬉しそうに跳んでいる。


 今、私はどんな顔をすればよいのでしょうか。


「あー、ヤシャくん。」


 立ち直ったらしきメジュームが左脚を引きずりながらこちらに向かってくる。


「前衛職として冒険者登録をするように伝えるよ。はじめはGランクから、というのが通例つうらいだが君の実力ならもう少し上の依頼をこなしてもらいたい。

 Eランクからスタートできるよう推薦すいせんもしておく。」


 そう言い残すと、とぼとぼと出入口へと歩いていった。


「私は治癒師の元に行ってくる。ヤシャくんたちは受付の前で待っていてくれ。

 冒険者証の発行があるから。……じゃあな……。」


 すこしは自分の考えを見直しているといいですが。


 最後のしゅんとした姿を見ていると、暴れ馬だった馬頭めずを思い出しますね。

 彼よりメジュームのほうがよっぽど素直に敗北を受け入れたようだった。


「教育……完了、でしょうか。」


 ボソッと呟くと、先に上へと歩を進めていた3人を追いかけて受付へとあがっていった。



 ◇◆◇



「お待たせしましたぁ!」


 先ほどのエレナさんとは違う、幼い顔つきの受付嬢が1枚のメダルカードを差し出してくる。


「こちらにぃ、ヤシャさんの基本情報が書いてありまぁす!

 魔力が内蔵貯蓄されているので、レベルアップ通知などはオートでお知らせされまぁす!」


 そして、受付嬢がくるっと裏返すと、ピコンッと音がして、右上に“E”という刻印が浮かび上がる。


「ヤシャさんはEランクからスタートってメジュームさんから言われましたぁ!お若いのに強いんですねぇ!」


「あ、はぁ。まぁ。」


 こういったキンキンとする甘い声はあまり得意ではない。

 衆合しゅうごう地獄の美女たちと、そのえげつない手練手管てれんてくだが思い出され、身震みぶるいする。


「Eランクですのでぇ、ひとつ上のCランクより下の依頼は好きなように受注していただけまぁす!例外もありますがぁ……それはその時説明ってことで!

 さっそく依頼を受注されますかぁ?」


 ……ええっとぉ、オススメはぁ……とキョロキョロ貼り紙を見回す受付嬢。


「……これは?」


『“初心者向け”ゴブリン討伐【F】』


 初心者向け、といううたい文句に乗っけられひとつの貼り紙を指す。


「えぇ……F依頼ですかぁ……」


 不満そうな受付嬢だったが、「ああっ!」と大げさに声を上げると、そのナナメ上の紙をピリッと破り取った。


「これ!いいと思いますっ!」


『ゴブリン集落討伐【C】』


「ごぶりん、は同じなのにランクが違うようですが。」


“初心者向け”という文言が消え、代わりに“集落”という文言が挿入されている。

 それだけで大幅にランクが変わるのだろうか。


「あぁーっとぉ……」


 受付嬢は目を泳がせると、にこおっと人懐こい笑顔をムリヤリのように作る。


「ちょぉーっとだけ数が多いよって事でぇす!ゴブリンはゴブリンですから!ゴブリンが!いいって事!でしたもんねぇ!」


 そう言うと笑顔のままちぎった貼り紙を私の胸にぐいぐいと押し付けてきた。


「それにぃ、間違えてちぎっちゃいましたぁ!壁から取ったら、受付に持って行って受注しなくちゃいけませんからぁ!ゴメンナサイっ!」


 とにかく圧がすごい。


「まぁ、そうですね。“初心者向け”とおなじゴブリンという個体なら大差ないでしょう。

 それにします。」


「はぁい!よろしくお願いしまぁす!」


 さっきまでの圧はどこへやら。

 ルンルンと受付の中に入ると、【受注済み】という判子ハンコをポンッと押して私に戻す。


「じゃあ軽く説明しますねぇ。」


 そうして受付嬢から場所や討伐証明という知識を教えられ、『冒険者スターターセット』とかいう麻袋ひとつを押し付けられる。


「もう今日は夕方なのでぇ、明日の早朝の出発をおすすめしまぁす!きっとちょうどいい時間に“ナキラの森”に着くと思いますぅ!」


「わかりました。そうしましょう。……ちなみに、宿はどこにありますか?」


 今日泊まる場所を探さなくてはならないですね。

 さすがに野宿、というのはいただけない。


「ヤシャ、君さえよければ俺たちの泊まってる宿を紹介するぜ!連泊なら安くしてくれるはずだ。」


 よしきた、とばかりにエドワードが片手をふってこちらにアピールしている。


「たしかに、今後しばらくは泊まることになりそうですね。

 ぜひ、そちらに連泊したいです。」


「じゃあ、行こうぜ!アイシャ、ありがとな!」


 受付嬢にひらひらと手を振るとエドワードと2人はさっそく移動をはじめる。


「はぁーい!ヤシャさん、明日、ファイトですっ!」


「……はい。ありがとうございます。」


 底抜けに明るい声に応援され、私もエドワードたちの泊まっているという宿に向かい、一旦は10日ほど部屋を借りた。


 部屋に入る前、ガイが心底残念そうに

「明日早いなら祝杯ってワケにはいかねぇなぁ。明日帰ったら今度こそ酒飲もうぜ、酒!」

 と言いながら自室へと引っ込んでいった。


「酒、ですか。」


 地獄で飲むのは神無月かんなづきくらいのものでしたね。

 久しぶりにお酒を飲むというのも悪くなさそうです。

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