第6話



「今日は呼んでくれて本当にありがとう。

 とても楽しかったよ」


「こちらこそ……こんなにゆっくり貴方と話したことはなかったので嬉しかったです」

「そういえばそうだね」

 アレクシスが笑って、いつかと同じように手を差し出して来た。

 自動運転モードにした車のライトが点灯する。

 その光の中で【アポクリファ・リーグ】の優勝候補二人は握手を交わし合った。


「また、いつか話そう」

「……はい」


 シザも小さく笑んで、手を放す。

 思い通りの展開にはならなかったけれど、

 悔いはない。

 アレクシスもそうなのだろうと思う。

 彼の明るい表情にそれをしっかりと感じる。

 今日は、それをはっきり認識出来ただけでも心のわだかまりが溶けてなくなった。

 

 きっと無意味ではない。


 ユラは、アポクリファだろうと非アポクリファだろうと、遠い未来まで幸せや安定が約束されている人の方が少ないはずだと言っていた。

 シザもそう思う。


 ……未来がどうなるかなど誰にも分からない。


 一瞬先のことさえ。


 一日一日の幸福や、

 頑張りや、後悔の無さが積み重ねられて未来になって行けばいい。

 ユラが言ったように、シザもそうであればいいと願っている。


 シザは今日、心残りは全く無かった。




「シザ君」




 ユラが待つ車に乗り込もうとして歩き出した矢先、呼び止められた。

 振り返る。

 アレクシス・サルナートの瑠璃色の瞳が、夜空の下で輝いていた。


「今日ユラ君を連れて来たのは、君の案かな」


 一瞬、何を言われたのかなと思った。

 反芻してからシザはもう一度振り返り、丁度向こうも自分の車に寄りかかるようにしてこちらを見ているアレクシスに言葉を返す。


「今日ユラを連れて来たのは彼が貴方と一度話したいと望んだからです。

 そして貴方の引退に、ユラが不必要に責任などを抱え込んでいなかったから。

 この二つの条件が満たされてなかったら、僕一人で貴方と話しに来ました」


 アレクシスが頷いた。


「それが何か?」


「いや……。

 君らしい、いい手だと思ってね」


 シザは目を瞬かせる。  




「ユラ・エンデは君の『女王クイーン』だから。

『女王』は悪戯に動かさないのがチェスの定石だ。

 動かすべき時に、果断に動かす。

 ――――君の本気を感じたよ」




 アレクシス・サルナートが車の扉を開き、乗り込む。


「アレクシスさん!」


 すぐにエンジンが掛かり、アレクシスは軽く手を上げてシザに笑いかけ、去っていた。


 驚いた。

 

 絶対に、あの人の決断を覆したり出来ないと思っていたのに。

 今のは心が動いた、ということなのだろうか?


 少し、信じられないような気持ちだ。

 だけどそれこそ、冗談で引退を撤回するような人ではない。

 

 一度車に乗り込んでいたユラが、歩いて来る。

「シザさん……?」

 やって来たユラを抱き寄せた。

 その仕草にユラは少し驚いたようだが、すぐに全身の力を抜いてシザに身を委ねて来た。


「……ありがとうございます、ユラ」


 そっとユラが首を傾げたのが分かった。



「いえ……今日のことだけじゃなくて……。

 僕一人だけじゃどうにもならなかったことが、

 今までも何度もあった。

 貴方がいてくれたから、僕の今がある」



 そんなの自分だって同じだとユラは思って、シザの身体に自分から腕を回した。



「……戻って来て下さるでしょうか?」


「まだ分からないけど……。希望はあるかも」



 シザ・ファルネジアの側はいつもそうだ。

 絶望的な状況でもそこにだけは、微かな希望が残っている。




 兄弟は星を見上げた。




【終】

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アポクリファ、その種の傾向と対策【暁の使者】 七海ポルカ @reeeeeen13

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