第13話:白銀のトリックスターと叫びのフルーレ



:白銀のトリックスターと叫びのフルーレ


「おいマサル、その剣の持ち方、完全にチャンバラだぞ。あと、さっきから『メーン!』とか『コテ!』とか聞こえてくるんだけど、まさかお前じゃないよな?」

「ケンタ、甘いな。これぞ『気合発声法』!声を出すことで、己を鼓舞し、相手を威圧する!剣道では常識だろ?フェンシングだって、魂を込めた一撃には魂の叫びが必要なのさ!」

「だから、それは剣道だって言ってるだろ!フェンシングはもっと静かでスマートな競技だ!」


俺、ケンタの忠告など、マサルの耳には馬耳東風、いや、マスク越しで聞こえてすらいないのかもしれない。アメフトでの「鉄球のヘッドハンター」事件で、もはや普通の助っ人として声がかかるはずもないマサルだったが、どこからか「初心者歓迎!覆面OK!」という怪しげな草フェンシング大会のチラシを見つけてきたのだ。「覆面!?これぞ俺のための大会じゃねえか!」と、マサルは目を輝かせた。


会場に着くと、確かに参加者の多くは、本格的な選手というよりは、コスプレ感覚の者や、健康目的の年配の方々がちらほら。マサルは、レンタルであろうブカブカのフェンシングジャケットに身を包み、頭にはこれまたレンタルの、少し黄ばんだマスクを装着。その姿は、騎士というよりは、どこかのSF映画に出てくる三流の悪役にしか見えない。


「よしケンタ、見てろよ。俺の華麗なる剣さばき…いや、『突キサバキ』で、会場を魅了してやるぜ!我が名は…『マスク・ド・シュヴァリエ・マサル』!」

「その名前、誰も呼ばねえから安心しろ…」


マサルの初戦。相手は、見るからに経験者であろう、細身で俊敏そうな男性。

審判の「アン・ギャルド!(構え)」「エト・ヴ・プレ?(用意はいいか)」「アレ!(始め)」のコールと共に試合開始。


相手選手が、素早いフットワークで間合いを詰めてくる。

マサルは、なぜか仁王立ち。そして、

「メーーーーーン!」

と、腹の底からの大絶叫と共に、持っていたフルーレ(フェンシングの剣の一種)を、相手の頭部めがけて思いっきり振り下ろした!


パシーン!という乾いた音。

相手選手のマスクの頭頂部に、マサルの剣が見事にヒット。…いや、叩きつけた、と言うべきか。

会場が一瞬、シン…と静まり返る。


相手選手は、何が起こったのか理解できないという顔で、自分のマスクに触れている。

審判は、口をパクパクさせている。

ケンタは、頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「どうだ!一本!」マサルは、剣道の試合のように、誇らしげに右手を挙げた。

審判が、ようやく我に返り、笛を吹く。

「ま、待ちなさい!選手!今のは…いったい…」

「え?見事な面打ちじゃないですか?審判、ちゃんと見てました?」マサルは心底不思議そうだ。


「フルーレは『突き』の競技です!叩いてはいけません!しかも、有効面は胴体のみ!頭部は無効です!というか、危険です!」審判が、やや声を荒らげて説明する。

「ええっ!?胴体だけなんですか!?じゃあ、さっきの『メーン!』は無駄死に…いや、無駄叫びだったってことか…」マサルはガックリと肩を落とす。


気を取り直して試合再開。

今度は、相手選手が鋭い突きを繰り出してきた。

マサルは、それを避けようとして、なぜかその場でクルクルと回転し始めた。

「くらえ!俺の旋風ディフェンス!」

当然、相手の剣先は、回転の隙間を縫ってマサルの胴体に的確にヒット。ランプが点灯する。


「ああっ!?」マサルは自分の胴体を見て驚いている。

「タッチ!相手選手のポイントです!」

「うぐぐ…今のはノーカンだ!俺の回転がまだ未完成だったからだ!」


その後も、マサルの奇行は続く。

相手が攻めてくると、

「コテェェェェ!」と叫びながら、相手の腕を叩きに行く(もちろん無効で、逆にカウンターを食らう)。

相手の突きをギリギリで避けると(たまたま)、

「どうだ!俺の『見切り』!お前の剣筋は完全にお見通しだ!」と、なぜか歌舞伎役者のような見得を切る。


そして、ついにマサルの迷言が炸裂する。

相手が、今度は胴体を狙って踏み込んできた。マサルは、それを防ごうとして、なぜか自分の剣を相手の剣に絡みつかせようとする。

「くらえ!俺の『必殺!剣絡み地獄!』…からの…ドォォォォォウ!」

絶叫と共に、相手の胴体(のあたり)に、グイッと剣を押し付けた!

…が、電気審判機は反応しない。


「あれ?おかしいな…今のは完璧な『胴突き』だったはず…審判!この機械、壊れてませんか!?」

マサルがマスク越しに抗議する。

審判は、深いため息をつきながら、

「選手…あなたの剣の先端についているボタンが、相手の有効面に正確に、かつ一定以上の圧力で触れないとポイントにはなりません。今のあなたの『胴突き』は…ただの『押し付け』です」

「な、なんだとぉ!?」


マサルは納得がいかない様子で、自分のフルーレの先端をまじまじと見つめる。そして、何かを閃いた顔つきになった(マスク越しだが、そう見えた)。

次の瞬間、マサルは、

「よっしゃあ!なら、このボタンを直接押し込んでやればいいんだろ!」

と叫びながら、相手に突進!そして、相手の胴体に剣先を押し付けたまま、その剣の先端のボタンを、自分のもう片方の手の指で、グリグリと押し始めたのだ!


「おりゃー!押せ押せ押せー!光れー!俺のポイントランプー!」


これには、さすがの相手選手も、そして審判も、開いた口が塞がらない。

会場からは、クスクスという笑い声が漏れ始め、やがてそれは抑えきれない大爆笑へと変わっていった。

「何やってんだアイツ!」「フェンシングってあんな競技だったっけ?」「腹いてえ!」


審判は、笑いをこらえるのに必死で、顔を真っ赤にしながら笛を吹いた。

「も、もう…だめだ…選手…君は…君は…最高だよ…いや、最低だ…!」

もはや審判としての威厳は消え失せ、一人の人間として笑いを堪えきれない様子だった。


結局、マサルはその試合、一度もポイントを取ることなく(当たり前だ)、そして会場を前代未聞の爆笑の渦に巻き込んだまま敗退した。

試合後、俺は、笑いすぎて涙目になっている審判と、肩を震わせている相手選手に平謝りした。


ロッカールームで、俺は疲れ果ててマサルに言った。

「お前な…もう…言葉もねえよ…『叫びのフルーレ』って…何なんだよ一体…」

「ケンタ、見たか?俺の『ボタン直押し戦法』!あれぞコロンブスの卵的発想だろ?誰も気づかなかったブラインドスポットを突いたんだ!あと一歩でポイントだったのになぁ!」

「あと一歩も何も、ルール違反だし、そもそもスポーツマンシップに反するだろ!『白銀のトリックスター』って、ただの『白銀の厄介者』じゃねえか!」


マサルは、汗でびっしょりのマスクを外し、実に爽やかな笑顔で言った。

「まあ、今日はちょっと剣の調子が悪かったかな!でも、観客は沸いてたろ?俺、エンターテイナーの才能もあるのかもしれん!次は、もっと派手なコスチュームで…『仮面の舞踏剣士、マサル・ザ・ミラクル』とかどうだ?」


俺は、もうツッコむ気力も、怒る気力も、笑う気力すら残っていなかった。

ただ、一つだけ、ぼんやりと思った。

マサルの行くところ、常に大爆笑か大混乱。

そして、俺の胃薬の消費量は、確実に右肩上がりだということだ。


……たぶん、これはまだ序章に過ぎない。


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