第11話:楕円球のトリックスターとスクラムの亡霊


:楕円球のトリックスターとスクラムの亡霊


「おいマサル、お前、ラグビーなんてやったことあんのかよ?アメフトとごっちゃになってねーか?」

「ケンタ、失敬な!ラグビーと言えば、熱い男たちの魂のぶつかり合い!スクラム組んで、ボールを奪い合い、トライ目指して一直線!超シンプルかつ奥深いスポーツじゃねえか!小学生の頃、休み時間に人間ラグビーで鍛えた俺の右に出る者は…まあ、結構いたけどな!」

「その人間ラグビーとやらは、ただの取っ組み合いだったって記憶しかないぞ…」


俺、ケンタの懸念をよそに、マサルは真新しい(おそらくこれもレンタルだが)ラグビーのジャージに身を包み、やけに自信満々だった。今日は、またしても地元の草ラグビーチームの助っ人だ。理由は…もう聞くまでもない。人数不足と、マサルの「格闘球技とか、血が騒ぐぜ!」という即決である。


試合開始のホイッスルが鳴る。案の定、マサルの動きは素人丸出しだ。ボールを持てばあらぬ方向にパス(のような何か)を投げ、タックルに行けば自分の方が派手に吹っ飛んでいる。

「マサル!お前、ルール分かってんのか!?さっきからオフサイド気味だぞ!」

「これは戦略的オフサイドだ!敵の意表を突くためのな!」

もはやお馴染みの言い訳がグラウンドに響く。


しかし、そんなマサルが、最初の見せ場(?)を作ったのは、試合開始から10分ほど経った頃、最初のスクラムが組まれようとした時だった。

相手ボールのスクラム。屈強なフォワードたちが、レフリーのコールに合わせて屈み、組もうとする。その瞬間、本来ならバックスの位置にいるはずのマサルが、なぜかスクラムのすぐそばをウロウロしているのだ。


「おいマサル!お前、フォワードじゃねえだろ!何してんだ!」俺が叫ぶ。

マサルは真剣な顔で答える。「偵察だ、ケンタ!敵のスクラムの組み方、弱点、選手のクセ…全てインプットしてるのさ!」

レフリーが訝しげな顔でマサルに近づく。

「君、ポジションはどこかね?スクラムには関係ないだろう」

「いえ!俺のポジションは『流動的戦術ユニット』!どこにでも現れる、いわばジョーカーです!」

レフリーは首を傾げながらも、とりあえず試合を進行させた。


そして、数分後、再び相手ボールのスクラム。

今度は、マサルはもっと大胆だった。スクラムが組まれる直前、相手チームのプロップ(スクラムの最前列の選手)の背後にスッと忍び寄り、まるで9人目のフォワードであるかのように、その選手のジャージを掴んで一緒に屈もうとしたのだ!


「うおっ!?なんだお前は!?」相手プロップが驚いて振り返る。

「邪魔だコラァ!」味方のフォワードからも怒声が飛ぶ。

当然、レフリーの笛が鋭く鳴り響いた。

「君!何をしているんだね!スクラムの妨害だ!」


マサルは、なぜか得意げな顔で立ち上がり、胸を張った。

「フッ…バレましたか。俺の狙いは、相手のスクラムハーフがボールを入れる瞬間、この密集地帯からスッと手を出して…そう、ノックオンを誘うこと!相手の攻撃の芽を摘む、超高等ディフェンス、『ステルス・ノックオン』ですよ!」

「ただの反則だろそれ!」俺のツッコミも虚しい。


レフリーは額に青筋を浮かべ、「次やったらペナルティだ」と厳重注意。

しかし、マサルの奇行は止まらない。


さらに次の相手ボールスクラム。

今度は、スクラムがしっかりと組まれ、ボールが投入されようかという瞬間。マサルは、味方のフランカー(スクラムの側面を守る選手)のさらに外側から、まるでカニのように横歩きで近づき、スクラムの中に無理やり手を伸ばそうとした!


「くらえ!見えざる手(アンシーン・ハンド)!」


その瞬間だった。

バランスを崩したマサルは、

「おわっ!?」

という間抜けな声と共に、頭からスクラムのど真ん中に突っ込んでしまったのだ!


ガツン!ゴツン!

選手たちのうめき声と、鈍い音が響く。

スクラムはグシャリと崩れ、選手たちが折り重なる。その中心で、マサルの足だけがピョコピョコと空を蹴っていた。


「だ、大丈夫か!?」

「なんだ今の!?」

敵も味方も、そしてレフリーも、何が起こったのか一瞬理解できない。

やがて、選手たちがゆっくりと離れていくと、そこには…うつ伏せで手足をバタつかせているマサルの姿があった。顔は泥だらけだ。


「ぐえっ…お、押すな…ボールはどこだ…?俺の…俺のノックオンチャンスが…」


ボールは、そんなマサルの奮闘(?)とは全く無関係な方向に、ポツンと転がっていた。


レフリーが、ゆっくりとマサルに近づく。その顔は怒りを通り越して、もはや呆れ果てている。

「……君は……一体、何がしたいんだね?」


その言葉に、マサルは泥だらけの顔を上げ、キッとレフリーを睨みつけ、そして、なぜか誇らしげにこう言った。


「へへっ…バレちゃいました?実は俺、スクラムに潜む第九の男…人呼んで『スクラムの亡霊(ファントム)』!相手の意表を突く、究極のトリックスターでして!」


場内、大爆笑…ではなく、大困惑と、数カ所からの乾いた笑い。

味方のキャプテンは天を仰ぎ、俺はもう顔を覆う気力もなかった。


レフリーは、深いため息を一つつき、

「……君は、試合の進行を著しく妨げている。イエローカードだ。10分間、頭を冷やしてきなさい」


結局、マサルはシンビン(一時的退場)を宣告され、トボトボとベンチへ。

「ケンタ、見てろよ。この10分で、俺はさらなる秘策を練り上げる…」

「もう何もするな!頼むから!」俺の悲痛な叫びは、マサルの耳には届いていないようだった。


ロッカールームで(試合後ではなく、退場中に勝手に入っていた)、俺はマサルに詰め寄った。

「お前な!何考えてんだ!ステルス・ノックオンだ?スクラムの亡霊だ?ただの邪魔者だろ!」

「ケンタ、甘いな。あれで相手のリズムは確実に狂ったはずだ。それに、密集して顔が見えにくいスクラムこそ、俺のような秘密兵器が暗躍するには最高の舞台だろ?これぞ、心理戦を応用した頭脳プレー!」

「お前の頭脳はラグビーボールみたいに不規則にバウンドしてるんだよ!あと、思いっきり素顔晒して、泥だらけになってたじゃねーか!『迷子の珍獣(笑)』ってテロップが浮かんだぞ!」


マサルは、自分の泥だらけのジャージを見下ろし、あっけらかんと言った。

「まあ、最初にしては上出来だろ?この悔しさをバネに、次はもっと完璧な潜入とノックオンを…いや、あるいは、ラインアウトでの空中殺法なんてのも面白そうだな…?」


俺は、もう何も言う気になれなかった。

ただ、一つだけ確信したことがある。

こいつの「頭脳プレー」は、まだ始まったばかりだ。そして、俺の頭痛も、まだ始まったばかりなのだと。


……絶対に、だ。


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