第10話:炎天下のデッドヒートと、蕎麦屋の秘密兵器



炎天下のデッドヒートと、蕎麦屋の秘密兵器


季節は相変わらず、脳みそが茹だりそうな真夏。

俺たちポンコツ野球部は、なぜか町内会の駅伝大会に駆り出されていた。監督が「体力づくりと地域貢献の一環だ!」とか言って、半ば強制的に参加させられたのだ。


野球ならまだしも、長距離走なんて専門外だ。特に、チーム一の食いしん坊で、基本的に動きたくない男、マサルにとっては地獄以外の何物でもないだろう。


「マサル、お前アンカーだからな。ちゃんとタスキ繋げよ?途中でラーメン屋とか寄るなよ?」

俺、ケンタが釘を刺すと、マサルはペットボトルの水をがぶ飲みしながら、不満そうに言った。

「へーへー。分かってるって。でもさー、こんな暑い日に走るとか、マジ拷問だろ。ゴールしたら特大かき氷奢れよな、ケンタ」

「なんでだよ!」


そんなこんなで駅伝はスタート。俺やキャプテンが必死にタスキを繋ぎ、なんとか上位をキープしたまま、ついにアンカーのマサルへ。


「マサル!頼むぞ!ここまできたら入賞したい!」

キャプテンが魂の叫びと共にタスキを渡す。マサルは「うぃーす」と気の抜けた返事をすると、意外にもそこそこのペースで走り出した。


「お、やるじゃんマサル」

「もしかして、かき氷のために頑張ってんのか?」

ベンチ(というか道端の応援スペース)で見守る俺たち。


しかし、マサルの「やる気」は、ものの数分で枯渇した。

最初の給水ポイントを過ぎたあたりで、明らかにペースが落ちる。顔は苦痛に歪み、口からは「あちー…もう無理…」という弱音が漏れ聞こえてくる。


「おいおい、大丈夫かよマサル…」

俺が心配し始めた、その時だった。


マサルがキョロキョロと辺りを見回し始め、ふと、沿道から一本脇に入った細い路地へ、スルスルと姿を消したのだ!


「「「はぁ!?」」」

俺もチームメイトも、監督も、何が起こったのか理解できない。


「ま、まさか…リタイアか!?」

「いや、でもあいつ、タスキ持ったままだぞ!」


混乱する俺たちを置き去りに、数分後。

次のチェックポイントに、先頭集団から少し遅れて、なんとマサルが現れた! しかも、さっきまでのへばり切った様子はどこへやら、やけに涼しい顔をしている。


「な、なんであいつ、あんなに元気なんだ…?」

「ていうか、ショートカットしたのか!?ズルだろ!」


だが、様子がおかしい。マサルのユニフォームの背中に、なぜか「出前迅速!山田そば」という赤い文字と、丼のイラストがうっすらと透けて見えた気がした。いや、気のせいじゃない。汗で張り付いたユニフォームの下に、明らかに何か別のシャツを着ている!


そして次の瞬間、俺たちは信じられない光景を目撃する。


マサルが通過したチェックポイントの少し先。大通りに出る手前の角から、一台の年季の入った出前カブが、ウィィィンと軽いエンジン音を立てて走り去っていくのが見えた。運転しているのは、ねじり鉢巻きに白い前掛け姿の、いかにもな蕎麦屋の親父だ。親父は、チラッとこちらを見ると、ニヤリと笑って会釈したように見えた。


「………………」

「おい、今の…」

「まさか…」


そう、マサルは、あの数分の間に、路地裏で都合よく通りかかった(あるいは待ち伏せしていた?)出前のバイクにタスキごと便乗し、数キロ区間を「ワープ」してきたのだ!


「マサルーーーーッ!!てめぇ何してんだゴルァァァァ!!」

監督の怒声が炎天下に響き渡る。しかし、当のマサルはどこ吹く風。


ゴール後、案の定、他チームや運営委員から疑惑の目が向けられる。

「いやー、ちょっと道に迷っちゃって。そしたら親切なバイクの人が『乗ってくかい?』って」

などと、しれっと嘘八百を並べるマサル。


そこへ、さっきの蕎麦屋の親父が、岡持ちを片手にのっそりと現れた。

「よお、アンちゃん。約束通り、カツ丼大盛りと、冷やしたぬき特盛り、持ってきたぜ。あと、さっきのバイク代、ちゃんと払ってもらわねえとなあ?」


「「「やっぱりかーーーーーっ!!」」」

俺たちの絶叫と、マサルの「えへへ」という間の抜けた笑顔。


「つーか親父!あんたもグルかよ!」

キャプテンが親父に詰め寄る。すると親父は、意外なことを口にした。

「いやあ、最初は驚いたけどよ。このアンちゃん、バイクの後ろで『俺、本当は走りたくないんすよ。でも、ゴールで待ってるキンキンに冷えたコーラとアイスのためなら…!』って熱く語るもんだから、なんか応援したくなっちまってなあ」

「理由がそれかよ!」


結局、不正がバレて俺たちのチームは失格。

マサルは監督にカミナリを落とされ、罰としてグラウンド整備を言い渡された。


だが、話はそれだけでは終わらなかった。


蕎麦屋の親父が、岡持ちを置きながら、ふと俺たちの練習風景(という名のダラダラとした時間)を見て、こう呟いたのだ。

「…それにしても、アンちゃんたちのチーム、なんだかこう…覇気がねえなあ。昔、俺が箱根を走ってた頃はなあ…」


「「「えっ!?箱根!?」」」


そう、この蕎麦屋の親父、山田さんは、かつて大学駅伝界で「韋駄天の山田」と呼ばれた伝説のランナーだったのだ!今は引退して家業を継いでいるが、その眼光は鋭いまま。


「お前ら、そんなんで次の大会、勝てるのか? 特にそこの食いしん坊。根性叩き直してやるか?」

山田さんは、ニヤリと笑ってマサルを見た。マサルはカツ丼を頬張りながら、きょとんとしている。


隣で、俺は頭を抱えた。

(また一人、変なのが増えやがった…!しかも、どう見ても面倒見のいい熱血タイプだぞ…!)


マサルの起こしたトンデモ不正事件は、図らずも、俺たちの前に新たな「指導者(?)」という名の挑戦者を連れてきてしまったのだった。


「(やれやれ、今度は駅伝の特訓が始まるのか…?勘弁してくれ…)」


"...Here comes a new trainer... and probably more food bills..."


俺たちの、食欲と騒動と、そしてたぶん、少しだけ成長(?)の夏は、まだまだ終わらない。


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