第9話:暴かれた素顔。

第六話:氷上のカメレオン とペナルティボックスの主~


「おいマサル、お前、アイスホッケーなんてやったことあんのかよ?」

「あるに決まってんだろ!小学生の頃、近所の池で空き缶パックにしてやったわ!必殺、空き缶ハリケーン!」

「それはアイスホッケーとは似て非なる何かだ!大体、お前スケート滑れんのか?」

「ケンタ、甘いな。俺の辞書に不可能の文字は…えーと、あったわ。でも、気合でなんとかなる!」


俺、ケンタの不安をよそに、マサルは真新しい(おそらくレンタルだが)アイスホッケーのユニフォームに身を包み、やけに気合が入っていた。今日は、地元の草アイスホッケーチームの助っ人として、なぜか俺たち二人が駆り出されたのだ。理由は簡単、人数が足りなかったから。そして、マサルが「氷上の格闘技とか、超面白そうじゃん!」と二つ返事で引き受けたからだ。


試合開始のホイッスルが鳴る。案の定、マサルのスケーティングはおぼつかない。生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら氷上を滑…いや、移動している。

「マサル!お前、全然滑れてねーじゃねーか!」

「う、うるせえ!これは戦略的スリップだ!」


しかし、そんなマサルが、開始わずか3分で最初の見せ場(?)を作る。

相手チームのエースらしき選手がドリブルで切り込んできた瞬間、マサルはなぜかその選手のスティックを両手で掴み、仁王立ちになったのだ。


「くらえ!俺の人間ディフェンス!」

当然、ピーッ!と笛が鳴る。トリッピング、いや、ホールディング? 何でもいいが、明らかな反則だ。


「2分間の退場!」

審判にペナルティボックス行きを命じられ、マサルはなぜか誇らしげな顔でボックスへ向かう。

「ケンタ、見てろよ。ここからが俺の真骨頂だ」

「嫌な予感しかしない…」


ペナルティボックスに入ったマサルは、おもむろにバッグから何かを取り出した。それは…別の背番号のユニフォーム!?

「お、おい、マサル!何する気だ!」

俺の叫びも虚しく、マサルは手際よくユニフォームの上着を替え、何食わぬ顔で2分を待たずにボックスのドアを開けようとした。


「こら!まだ時間だ!」審判が慌てて止める。

マサルは「あれ?そうですか?いやー、なんか時間が経つのが早く感じちゃって!」とヘラヘラ。


そして2分後。マサルは、先ほどとは違う背番号「99」を背負い、意気揚々とリンクに戻ってきた。

俺は頭を抱えた。チームのキャプテンらしき人が、困惑した顔で俺を見る。

「あ、あいつ…さっき退場したヤツと別人か…?似てるけど…」

「…た、他人です。よく似た赤の他人です」俺は苦し紛れに答えるしかなかった。


ここから、マサルの「氷上のカメレオン作戦」が始まった。

派手な反則(主に意味不明な奇声を発しながら相手に体当たり)でペナルティボックスへ。

ボックス内で用意していた別のユニフォームに着替える。(チームメイトの何人かが、なぜかマサルに協力してユニフォームを貸している!いつの間に買収したんだ!?)

しれっと違う背番号で復帰。


審判も最初は「ん?またアイツか…いや、背番号が違うな…」と首をかしげていたが、3回目くらいになると、さすがに不審な目を向けてきた。

「君、さっきもペナルティボックスにいなかったかね?」「いえ、人違いです!俺、今日デビューなんで!」

相手チームからも「おい!なんか同じ顔のヤツが何度も出てきてるぞ!」「プロテクターしてるから顔はよく見えんが、あの変な滑り方は絶対アイツだ!」と抗議の声が上がり始める。


ペナルティボックスは、もはやマサルの個人楽屋状態だ。ボックスの隅には、脱ぎ捨てられたユニフォームが数枚、無造作に置かれている。

「おいマサル!いい加減にしろ!バレるぞ!」

俺がベンチから叫ぶと、マサルはペナルティボックスから親指を立ててニヤリと笑った。その顔には「計画通り」と書いてある。書いてないけど、そう見える。


そして、事件は第2ピリオド中盤に起きた。

またもや反則でペナルティボックスに送られたマサル(今度は背番号「77」)。彼がボックス内で次のユニフォーム(背番号「00」)に着替えようとした、その瞬間だった。


味方ゴール前で激しい攻防があり、パックがペナルティボックスのすぐ近くに飛んできた。

「うおおっ!俺が取る!」

なぜかペナルティボックスから身を乗り出したマサル。その拍子に、バランスを崩し、


ガシャーン!


という派手な音と共に、ボックスの透明なアクリル板に頭から激突!

そして、スローモーションのように、マサルのヘルメットが宙を舞った。


時が止まった(ように感じた)。

氷上に転がる、マサルのヘルメット。

そして、ペナルティボックスの中で、頭を押さえてうずくまる、汗だくの、見慣れたアホ面…いや、マサルの素顔。


審判が、ゆっくりとマサルに近づく。

相手チームの選手たちも、味方の選手たちも、そして観客席の数少ない人々も、皆、ペナルティボックスに注目している。


審判は、マサルの顔をじっと見つめ、次にボックスの隅に積まれたユニフォームの山を見、そして、天を仰いだ。

「……君は……一体、何人いるんだね?」


その言葉に、マサルは頭を押さえたまま、キョトンとした顔で審判を見上げ、そして、ニカッと笑ってこう言った。


「へへっ…バレちゃいました?実は俺、多重人格ならぬ、多重背番号使いでして!」


場内、大爆笑…ではなく、大困惑と、一部からの失笑。

審判は、もはや怒る気力も失せたのか、深いため息をつき、

「……君は、試合終了まで、そこで頭を冷やしていなさい。あと、そのユニフォームは全部没収だ」


結局、試合は相手チームの圧勝。マサルは試合終了までペナルティボックスの主として君臨し(させられ)続けた。

試合後、俺はチームのキャプテンに平謝りし、マサルは「いやー、惜しかったな!次はもっと完璧な変装を…」と全く懲りていなかった。


ロッカールームで、俺はマサルに詰め寄った。

「お前な!何考えてんだ!あれだけ言っただろ!」

「だってケンタ、全身プロテクターなんだぜ?誰が誰だか分からないのを逆手に取らない手はないだろ?これぞ、頭脳プレー!」

「お前の頭脳は明後日の方向にフル回転してるんだよ!あと、最後、思いっきり素顔晒してたじゃねーか!『暴かれた素顔(笑)』ってテロップが出そうだったぞ!」


マサルは、自分の頭をポリポリと掻きながら、あっけらかんと言った。

「まあ、最後はご愛嬌ってことで!でも、ちょっとヒーローっぽかったろ?ペナルティボックスの覆面ヒーロー!」


俺は、もうツッコむ気力もなかった。

ただ、一つだけ確信したことがある。

こいつとチームスポーツをやるのは、これが最後だ。絶対に、だ。

……たぶん。


(第六話 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る