第8話:ゲーセンブレイクと、場外乱闘のゴング



:ゲーセンブレイクと、場外乱闘のゴング


あの「灰皿ソニック・リターンズ」事件から数日。俺、ケンタは、さすがにマサルを連れて例のゲームセンターに行くのをためらっていた。だが、マサル本人は妙にケロッとしていた。


「なあケンタ、ゲーセン行こうぜ!なんかさ、あの筐体のヒビ、ちょっとカッコよくない?バトルダメージって感じで!」

「お前のせいで壊れたんだろうが!少しは反省しろよ!」

「してるしてる!だからもう、物理攻撃はしないって!でもさ、なんかあの向こう側のヤツと、もっとコミュニケーション取ってみたいんだよなー。意外と話せば分かるヤツかもしれないじゃん?」

「分かり合える前に、こっちが物理的に消されそうだっつーの…」


結局、マサルの「もっと知りたい」という、ある意味純粋だが危険極まりない好奇心に押し切られ、俺たちは再びあの寂れたゲームセンターの扉をくぐった。


ヒビ割れた古い筐体は、相変わらず不気味な沈黙を保っている。しかし、以前よりも明らかに、周囲の空気がピリピリしている気がした。まるで、嵐の前の静けさだ。


「よーし、今日は正々堂々、普通の技で勝負だ!」

マサルは、いつもの対戦格闘ゲームの筐体に座り、100円玉を入れた。俺は、何かあった時のために、いつでも逃げられるよう、少し離れた場所で見守る。


試合は、意外にも淡々と進んだ。マサルは宣言通り、奇声を発することも、意味不明な技名を叫ぶこともなく、真面目にプレイしている。

「お、いいぞマサル!その調子だ!」

俺が少し安心しかけた、その時だった。


マサルのキャラクターが、相手のキャラクターを画面端に追い詰め、一気に勝負を決めようと連続技を叩き込んだ。しかし、最後の最後でコマンド入力をミスし、相手に手痛い反撃を食らってしまったのだ。


「あーっ!クソッ!あと一発だったのに!」

マサルは悔しさのあまり、思わずレバーをガチャガチャと激しく揺さぶり、そして、つい癖で、


バンッ!


と、筐体のパネルを軽く、本当に軽く叩いてしまった。

それは、多くのゲーマーが熱中した時に、無意識にやってしまう程度の、ごくありふれた行為だった。


しかし、その瞬間。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!


地鳴りのような、低い振動がゲームセンター全体を揺がした。

ヒビ割れた古い筐体が、まるで生き物のように激しく震えだし、画面のヒビがミシミシと音を立てて広がっていく。


「「!!??」」


そして、筐体のスピーカーから、これまでとは比べ物にならないほどクリアで、しかし怒りに満ちた声が響き渡った。


『……貴様……ッ! 我が聖域(サンクチュアリ)に……物理的衝撃を与えるとは……万死に値するッ!!』


その声と共に、ヒビ割れた筐体の画面が、内側からまばゆい光を放った!

光が収まると、そこには、信じられない光景が広がっていた。


画面のヒビが、まるで扉が開くかのように左右に大きく裂け、その向こうから、ぼんやりと人型のシルエットが浮かび上がってきたのだ!

それは、先日画面越しに見た、角ばったシルエットの、まるでゲームのポリゴンキャラクターがそのまま現実に出てきたかのような、異様な姿だった。大きさは、成人男性くらいだろうか。全身が淡い光を放っている。


「う、うそだろ…出てきやがった…」

マサルは、腰を抜かさんばかりに後ずさる。


その光る人型は、ゆっくりと筐体のフレームを掴み、ギシギシと音を立てながら、まるで狭い出口から這い出るように、現実世界へとその半身を乗り出してきた!


「こ、こいつ…マジでリアルファイトする気かよ!?」

俺は叫んだ。


光る人型は、完全に筐体から抜け出すと、ゆっくりとマサルの方へ向き直った。その姿は、どこか古めかしい格闘ゲームのボスキャラクターを彷彿とさせる。


そして、その口と思しき部分が動き、重々しい声で宣告した。


『……これより、鉄拳制裁を開始する。覚悟しろ、愚かなるプレイヤーよ』


「ひゃああああああっ!」

マサルは、ついに恐怖のあまり奇声を上げ、近くにあったモグラ叩きのハンマーを掴むと、それを振り回しながら叫んだ!

「く、来るなー!こっちにはファイナルウェポンがあるんだぞ!これぞ、リアル・ファイナルファイトだー!」


「お前はどっちの味方なんだよ!そしてそれは武器じゃなくて遊具だろ!」

俺のツッコミも虚しく、光る人型は、マサルの振り回すハンマーを意にも介さず、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。その動きは、まるでプログラムされたように正確で、無駄がない。


ゲームセンターの薄暗い照明の中、光る謎の人型と、モグラ叩きのハンマーを振り回すマサルという、あまりにもシュールな対決のゴングが、今、鳴らされた(ような気がした)。


「(やれやれ、ついにゲームセンター内で、リアルなファイナルファイトが始まっちまったか…しかも、片方は人間じゃないっぽいし…)」


俺は、このカオスな状況をどう収拾すればいいのか全く見当もつかず、ただただ頭を抱えるしかなかった。

隣では、ゲームセンターの店員さんが、この異常事態に気づいて電話でどこかに助けを求めているのが見える。遅いよ、もう手遅れかもしれないけど!


"...HERE COMES A NEW CHALLENGER... AND THIS TIME, IT'S PERSONAL!"


俺たちの、暑くて、長くて、そしてとんでもなく面倒くさい夏は、ついに次元の壁をぶち破り、リアルな場外乱闘へと発展しようとしていた。

一体、この騒動、どうなっちまうんだ!?


【考察と戦慄のゴング、再び】


この光る人型の正体は一体何なのか? 古いゲームに宿った残留思念か、あるいは自我を持った高度なAIプログラムの暴走か。マサルの、ある意味純粋だが致命的なまでの「物理的コミュニケーション」が、ついに禁断のパンドラの箱を開けてしまったのだろうか。「我が聖域(サンクチュアリ)」という言葉から察するに、この筐体、あるいはこのゲームセンターそのものが、彼ら、あるいは「彼」にとっては、絶対に汚されてはならない神聖な場所だったのかもしれない。そして宣告された「鉄拳制裁」…その言葉の重みが、今、現実の拳となってマサルに襲い掛かろうとしている。


果たして、モグラ叩きのハンマーは「ファイナルウェポン」となり得るのか。そもそも、このポリゴン剥き出しのような相手に、物理攻撃は通用するのだろうか。そして、この場外乱闘、レフェリーは誰が務めるというのだ?


この状況、まるで伝説のポリゴン格闘ゲームが現実に飛び出してきたかのようだ。マサルの運命やいかに。願わくば、せめてリングアウト勝ちくらいで勘弁してほしいものだが…


この戦いは、もはや単なるゲームセンターの騒動ではない。

そう、これはまるで、リアル『バーチャファイター』!

マサルの振り回すハンマーが、起死回生の一撃となる『鉄拳』を叩き込めるのか!?

それとも、このまま反撃の余地なく追い詰められ、まさに『デッドオアアライブ』な状況に陥ってしまうのか!?

…いや、十中八九、後者だろうな、うん。

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