第7話:筐体越しの刺客と、次元を超えたプレゼント



第四話:筐体越しの刺客と、次元を超えたプレゼント


あの「筐体からの警告」事件以来、マサルはさすがに懲りたのか、しばらくは大人しく格闘ゲームをプレイしていた。技名を正確に叫び(たまに間違えるが)、意味不明なコマンド入力も心なしか減ったように見えた。


「よし!今日は調子いいぞ、ケンタ!見ろよ、この華麗な連続技!」

「おお、ちゃんと繋がってるじゃん。やればできるんだな、お前も」

「だろ?俺だって、本気出せばこんなもんだぜ!」


そんな平和な日々が数日続いたある日のこと。

その日も俺たちは、例の寂れたゲームセンターで対戦していた。例の古い筐体は、相変わらず静まり返っている。もうあの謎の少年(?)からの干渉はないだろうと、俺もマサルも油断しきっていた。


事件は、マサルが対戦相手のCPUに追い詰められ、パニックになった瞬間に起きた。


「くっそー!このCPU、やたらガード固えな!こうなったら…!」

マサルの目に、いつもの悪ふざけの色が宿る。

「おい、マサル、まさか…」

俺の嫌な予感は的中した。


「くらえ! これぞ俺様の新必殺技! 筐体越しの友情パワー注入! ハドーリューカンスクリューパイルドライバー!!」


「だから全部混ぜるなって! しかもスクリューパイルドライバーって、お前のキャラ、コマンド投げ持ってねえだろ!」


マサルは、訳の分からない技名を叫びながら、レバーを滅茶苦茶に回し、ボタンを連打した。そして、あろうことか、興奮のあまり、自分の座っている対戦台の灰皿を掴むと、


「食らいやがれ! リアル灰皿ソニックブーム!!」


と叫びながら、対戦台の向こう側、つまり俺が座っている方向へ、灰皿をヒョイと投げたのだ!


「うおっ!? 危ねえだろ、バカ!!」

俺は咄嗟に身をかわし、灰皿は幸いにも俺の肩をかすめて床に落ち、カランという虚しい音を立てた。幸い、中身は空だったが、一歩間違えれば大惨事だ。


「お前な!いくらなんでもそれはダメだろ!違うゲームじゃねーか、それ!」

「いやー、なんかテンション上がっちゃってさ。つい、手が滑ったっていうか?友情の一撃だよ、ケンタくん!」

「どこが友情だ!ただの凶器だろ!」


俺がマサルに説教しようとした、まさにその時だった。


ガシャーン!!!


背後で、何かが割れるような、派手な音が響き渡った。

振り返ると、例の古い筐体の画面が、まるで内側から強い衝撃を受けたかのように、クモの巣状にヒビ割れていたのだ。


「「なっ!?」」


俺とマサルは、息をのんだ。

画面は完全にブラックアウトし、ヒビの中心からは、白い煙のようなものがうっすらと立ち上っている。


「お、おい…ケンタ…これって…」

マサルの声が震えている。

「まさか…俺の灰皿ソニックが…あっちに届いたのか…?」

「んなバカなことがあるか!お前が投げたのはこっちだろ!」


しかし、次の瞬間、俺たちは信じられない光景を目の当たりにする。

ヒビ割れた筐体の画面の向こう側から、まるで空間が歪むかのように、何かがゆっくりと押し出されてきたのだ。


それは、先ほどマサルが投げたものと全く同じ形状の、プラスチック製の安っぽい灰皿だった。


「「…………えっ?」」


その灰皿は、まるで意思を持っているかのように、ゆっくりと宙を漂い、そして、まっすぐマサルの方へ向かって飛んできた。それほど速いスピードではない。しかし、確実に、マサルを狙っている。


「うわあああああああっ!?」

マサルは、情けない悲鳴を上げて椅子から転げ落ち、床を這って逃げようとする。


灰皿は、マサルの頭上をかすめ、背後の壁に「ゴン!」という鈍い音を立ててぶつかり、床に落ちた。


シーン…と、ゲームセンターに気まずい沈黙が流れる。


俺は、恐る恐るヒビ割れた筐体に近づいた。画面のヒビの奥は、ただ暗いだけで何も見えない。しかし、そこからは、明らかにこの世のものではない、冷たい気配が漂ってくる。


そして、どこからともなく、あのくぐもった、機械的な声が聞こえてきた。


『……物理……攻撃……不可……ルール……違反……』

『……次……リアル……ファイト……希望……か……?』


その声には、前回とは比べ物にならないほどの、明確な怒りと、そしてどこか楽しんでいるような、不気味な響きが込められていた。


「ひぃぃ…!ご、ごめんなさい!もうしません!絶対にしませんから!リアルファイトだけは勘弁してください!」

マサルは、床に額をこすりつけんばかりの勢いで謝罪している。その姿は、もはや哀れとしか言いようがない。


俺は、床に落ちた二つの灰皿と、ヒビ割れた筐体を交互に見ながら、天を仰いだ。

「(やれやれ、ついに次元の壁を越えて、物理的なお返しが来るとはな…しかも、ご丁寧に同じもので返してくるとか、律儀すぎるだろ、あの向こう側の何か…)」


隣でマサルが「あ、あの…割れた筐体の修理代って、俺が払うのかな…?お小遣い、今月ピンチなんだけど…」と、さらに深刻な問題に気づいて顔面蒼白になっている。


"...Round Two... FIGHT!"


どうやら、この夏は、ただ奇妙なだけでなく、物理的にも金銭的にも、俺たちに厳しい試練を与え続けるつもりのようだ。そして、その元凶が、いつも隣にいるこの男であるという事実に、俺はもはや諦めの境地すら感じ始めていた。


(第四話 了)

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