第6話:揺れる筐体と、迷惑千万な秘技
:揺れる筐体と、迷惑千万な秘技
あの謎の少年(あるいは幽霊?)と遭遇してから数日。俺、ケンタは、またしてもマサルに付き合わされ、例の寂れたゲームセンターにいた。懲りないやつだ。
「今日こそリベンジだ!あの幽霊、また来ねえかなあ!」
マサルは相変わらず能天気だが、俺はあの日の出来事が頭から離れず、少しばかり警戒していた。
例の古い筐体は、やはり真っ暗で静まり返っていた。幽霊の気配はない。
「ちぇっ、いねえのかよ。まあいいや、ケンタ、とりあえず一戦やろうぜ!」
マサルは、いつもの対戦格闘ゲームの筐体に陣取り、意気揚々と100円玉を投入した。
「マサル、お前さあ…いい加減、技名と出す技を一致させろよな」
「えー、だってあれ、俺の必勝パターンだし。相手の思考を混乱させる高等テクニックだって言ってるだろ?」
「ただのフェイント詐欺だろ…」
試合が始まり、案の定マサルは叫ぶ。
「くらえ!我が究極奥義!ハドーリューカンセンプーキャク!」
「もう全部混ぜるな!しかも微妙に名前変わってるし!」
俺がツッコミを入れると同時に、マサルのキャラクターは、なぜかその場でジャンプして弱パンチを繰り出すという、およそ究極奥義とは程遠い、しょぼい動きを見せた。
「……あれ?」
マサルがコントローラーをガチャガチャ揺する。
「おかしいな…コマンド入力、完璧だったはずなんだけど…」
その時だった。
ガタッ!
「「!?」」
俺とマサルの背後、ちょうどあの古い筐体があるあたりから、何かが揺れるような、きしむような音が聞こえた。
いや、音だけじゃない。明らかに、筐体そのものが、小刻みに揺れている。
「お、おい…ケンタ…」
マサルの顔から血の気が引いていく。
「なんか…揺れてね?」
「ああ…揺れてるな…」
見ると、古い筐体だけでなく、その隣のプライズゲーム機や、さらにその奥のピンボール台まで、まるで地震のようにカタカタと震えだした。しかし、俺たちが立っている床は、全く揺れていない。奇妙な現象だった。
「な、なんだよこれ…心霊現象か!?」
マサルが半泣きになっていると、揺れの中心と思しき古い筐体の画面が、ぼんやりと光り始めた。
ノイズ混じりの画面に、ぼんやりと人影のようなものが映し出される。それは、先日遭遇した、あの白いTシャツの少年…ではない。もっと大柄で、角ばったシルエット。まるで、ゲームのキャラクターが、画面の中から現実世界を覗き込んでいるかのようだ。
そして、筐体のスピーカーから、ノイズ混じりの、しかし聞き覚えのある声が響いた。
『……その……インチキ技……他人に……使うのは……よせ……』
「「えっ!?」」
俺とマサルは顔を見合わせた。
今の声、明らかに先日対戦した、あの謎の少年の声に似ている。だが、もっとくぐもっていて、機械的だ。
「も、もしかして…あの時の少年が、この筐体を通して話しかけてきてるのか!?」
マサルが叫ぶ。
すると、画面の中の人影が、まるで頷くかのようにわずかに動いた。そして、再び声が響く。
『……波動拳と叫びながら……竜巻旋風脚……それは……友人間での……おふざけだ……見知らぬ者に……使うのは……マナー違反だ……』
「いや、正論だけど!っていうか、お前、なんでそんなこと知ってんだよ!」
俺は思わず画面に向かって叫んだ。
まさか、俺とマサルの普段の会話まで聞かれていたとでもいうのか?
『……フレーム……乱れる……予測……不能……迷惑……』
途切れ途切れの声が、明らかに不快感を示している。
どうやら、マサルの「波動竜巻旋風脚(仮)」は、あの高度なプレイヤースキルを持つ(と思われる)少年(?)にとっても、理解不能で不快な「ノイズ」でしかないらしい。
「そ、そんな…俺の必勝パターンが…」
マサルは、心底ショックを受けたような顔をしている。自分のインチキ技が、まさかこんな形で「ダメ出し」されるとは思ってもいなかったのだろう。
ガタガタガタッ!!!
突然、筐体の揺れが激しくなった。まるで、怒りを表現しているかのようだ。
そして、画面の中の人影が、ゆっくりとこちらを指さすような動きを見せた。
『……次……やったら……筐体ごと……フリーズ……させる……』
「ひぃぃぃっ!」
マサルは本気で悲鳴を上げた。
「わ、分かった!もうやらない!もう絶対に、他人には波動竜巻旋風脚(仮)は使わないから!許してくれー!」
その言葉を聞いたのか、筐体の揺れがピタッと止まった。画面の光も、ゆっくりと消えていく。
ゲームセンターには、再び元の静けさが戻ってきた。
「…………」
「…………」
俺とマサルは、しばらく言葉もなく立ち尽くしていた。
「なあ、ケンタ…」
マサルが、震える声で言った。
「俺、なんか…とんでもないやつを怒らせちまったみたいだ…」
「みたいだな…っていうか、お前のインチキ技が、まさかこんな形で封印されるとはな…」
ある意味、スッキリしたような、しかしとんでもない事態に巻き込まれたような、複雑な気分だった。
俺は、静まり返った古い筐体を見つめながら、深いため息をついた。
「(やれやれ、今度はゲーセンの筐体に憑りついた何かに、マナー指導される羽目になるとはな…)」
"...This game is not over yet..."
どうやら、この夏は、俺たちの想像を遥かに超える、奇妙で面倒くさい出来事が、まだまだ待ち構えているらしい。そして、その中心には、いつもマサルのしょうもない行動があるような気がしてならなかった。
(第三話 了)
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