第3話:シリーズ「乱入! 謎のチャレンジャー」〜サッカー編〜
シリーズ「乱入! 謎のチャレンジャー」〜サッカー編〜
第一話:ノーサイドは魔法の言葉?
汗が目に入ってしみる。芝生と土埃の匂いが鼻をつく。じりじりと照りつける太陽の下、俺たち「リバーサイド・キッカーズ」は、忌々しいライバル「ブラック・パンサーズ」と死闘を繰り広げていた。地区大会予選、勝てば次のステージへ進める大事な一戦だ。
スコアボードの数字は「1-1」。時計はロスタイムを示している。ピッチ上の誰もが息を荒げ、最後のワンプレーに全てを賭けようとしていた。
「シュン! 前! 前だ!」
キャプテンでDFのタクミの声が飛ぶ。分かってる! 俺、エースストライカー(自称)のシュンは、ゴール前で相手DFのマークを必死に振りほどきながら、千載一遇のチャンスを待っていた。ここで決めれば、俺がヒーローだ!
その瞬間が、来た。
サイドを駆け上がったお調子者のダイキが、相手DFの股を抜くトリッキーなパスを繰り出した!ボールは完璧なコースで俺の足元へ!
「もらったぁ!」
絶妙なトラップ! ゴールキーパーが飛び出してくるのが見える! かわして、あとは流し込むだけだ!
俺が右足を振り抜こうとした、まさにその刹那。
「そこまでだぁっ!」
突如、ピッチに響き渡る甲高い声!
視界の端から、緑色の閃光が飛び込んできた! いや、閃光じゃない。全身緑色のピチピチタイツに、なぜかサッカーボール柄の海パン一丁という、正気の沙汰とは思えない格好の、小柄な人影!
「なっ!?」
そいつは、信じられないスピードと角度で俺の足元に滑り込んできた! 華麗すぎるスライディングタックル!
…いや、ファウルだろ普通! っていうか、誰だよお前は!?
スパッ!
ボールは綺麗に俺の足から離れ、緑タイツの足元に吸い付くように収まる。俺は勢い余って芝生にダイブ。
「いってぇ! 何しやがんだ、この変態!」
俺の怒声など、そいつには全く届いていないようだった。緑タイツはゆっくりと立ち上がると、奪ったボールを足元に置き、まるで主審のように、両手を高々と掲げて、厳かに宣言したのだ!
「ノーサーーーーーイド!!!」
「「「…………………はぁっ!?」」」
グラウンドにいた全員が、時が止まったかのように固まった。
キッカーズの選手、パンサーズの選手、審判、監督、コーチ、応援席の父兄まで、全員が口をあんぐりと開けて、緑タイツを見つめている。
ノーサイド…? ラグビーの試合終了の合図じゃねぇか! 今、サッカーの試合中! しかもロスタイム! なんでお前が宣言するんだよ!?
誰もが混乱し、言葉を失っている、その静寂を破ったのは、再び緑タイツだった。
そいつは、満足げに頷くと、まるで「これで全てチャラだろ?」と言わんばかりのドヤ顔で、足元のボールに視線を落とした。
「おい、審判! 何やってる! そいつをつまみ出せ!」
相手チームの監督が叫ぶ。審判も慌てて笛を口に咥えようとした、その時だった。
緑タイツは、おもむろにボールをセットし直すと、短い助走から、ありえないパワーでボールを蹴り上げたのだ! その狙いは、ゴールではない!
ズドンッ!!!
轟音と共に撃ち出されたボールは、弾丸ライナーとなってピッチを飛び出し、一直線に…グラウンドのすぐ隣に建つ、風情のある立派な日本家屋の庭へ!
ガッシャーーーン! バリバリバリッ! ワンワンワン!!!
高級そうな植木鉢が木っ端微塵になる音! 見事な枝ぶりの松の盆栽が根元からへし折れる音! そして、驚いた飼い犬(デカい秋田犬っぽい)の、天地がひっくり返るような咆哮!
「「「…………………………」」」
三度目の、そして今日一番の静寂がグラウンドを支配した。悪夢だ。これは悪夢に違いない。野球部の連中が経験したという地獄が、今、俺たちの目の前で再現されている…!
「うそ…だろ…」
誰かが力なく呟いた。
当の緑タイツは、自分のキックの結果(大惨事)を満足げに見届けると、「やれやれ」と肩をすくめ、追いかけてくる選手や審判団を軽やかなステップでかわし、広告看板をひらりと飛び越え、競技場の外へと消えていった。その背中は、「ノーサイドって言ったんだから、もう怒るなよな?」とでも語っているかのようだった。ふざけるな!
後に残されたのは、呆然自失の両チーム選手、頭を抱え絶望する審判、そして…
「どこのどいつじゃーーーーっ!! わしが丹精込めて育てた『寿松(じゅしょう)』を無残にしおってーーーっ!! しかもウチのゴンが腰抜かしとるじゃないか!! 出てこいゴルァァァァ!!!!」
玄関から、作務衣(さむえ)姿の、見るからに屈強で頑固そうなお爺さんが、へし折れた盆栽の枝を(武器のように)手に、鬼の形相で飛び出してきた!
「し、試合、しゅ、終了ーーーーっ!!!」
主審は、もはや勝敗やルール以前の問題と判断し、恐怖に震えながら試合終了の笛を吹き鳴らした。
俺たちの勝利は、最後の最後で、ノーサイド宣言と共に現れた緑の悪魔によって、跡形もなく消し去られた。いや、それどころか、とんでもない厄介事を押し付けられた。
「…野球部のケンタが言ってた。『理不尽にも程がある』って…。こういうことか…」
キャプテンのタクミが、虚空を見つめて呟いた。
その隣で、お調子者のダイキが、信じられないことに、またしても笑いをこらえていた。そして、芝生に突っ伏す俺の肩を叩いた。
「おい、シュン! アイツ、すげぇな! ノーサイドって言えば何でも許されると思ってんのかね?(笑) まるで魔法の言葉だな! ははは!」
「……黙れダイキ……」
俺は、怒りと絶望と、ほんの少しの呆れ笑いが混ざった複雑な感情で、地面に額をこすりつけるしかなかった。「ノーサイド」…その言葉が、これほど憎らしく聞こえた日はなかった。
リバーサイド・キッカーズの、そして俺、シュンの、暑くて、長くて、そして理解不能な理不尽に満ちた夏は、どうやら始まったばかりらしい。
(サッカー編・第一話 了)
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