第五章 縦の糸はあなた
「マホガニを生み出したコラウィットとその残党たちは生きている。彼らをこの手で処刑するまでは退陣するつもりはない。今日はその覚悟を皆に見てもらうと思う。一時間後、息子であるナパット・パッタナセッターノンの処刑を行う。本来、死刑囚であっても神の御許に送るため土葬をするのがこの国のしきたりであるが、我が息子は火刑により処する」
画面の向こうでは某国の国王が演説が流れた。つづいてニュースキャスターが画面に映る。予想をしていない展開だったのだろう興奮気味だ。
「加賀谷さん、大変なことになりましたね。これについて国民の反応はどうなのでしょうか」
カメラが加賀谷と呼ばれるサングラスをかけたコメンテーターに向けられた。
「そうですね。国民からの反応は大変良いようです。この国にとって生命とは大地の神に与えられたものであって、最期には大地の神にそのままの形で還す。ということで死後も大地に還ることで国の一部となり新たな生命に生まれ変わることが出来る。という意味合いになるのです。逆に言えばこの国において火で燃やす行為というのは生まれ変わりを防ぐという意味合いになるので、大変不名誉なこととなります。父親が実の息子に対する行いとしては最大級の恥であり、あえてそれを行うという決断は国民にとっては重い覚悟として受け止められます」
――僕は運ばれてきた牛肉を食べながら画面を見つめるみんなを眺めた。
みんな、食べるのも忘れてニュースに見入っている。
「これ……ナパのことだよね」ユリがぼそっと呟く。
「うん、ナパだ」ユウヤが答える。
ナパ――ナパット・パッタナセッターノンは二学期の初めから終わりまで国際交流のために姉妹都市からやって来た交換留学生だ。
「でも、おそかれ早かれこうなってたんじゃないか。ヤンチャなところがあったし」
「うん……そうだよね」ユリの消えそうな声。
「なになに、ユリちゃん、ナパくんのこと好きだったのぉ?」アリスがからかう
「うん……そうかな……そうかも」泣きそうになるユリ
「ね、ねぇ、せっかく卒業してから15年ぶりの再会なんだし、しんみりした空気はやめやめ! タカシくん、例のアレ持ってきたんでしょ。早く出して出して」
サヤカの言葉にタカシは鞄から封筒の束を取り出した。7枚あった。
「みんな聞いてくれ。亡くなった百目鬼先生の家に去年行ってきたんだけど、先生の遺品から、みんなが中学の時に書いた将来への手紙が見つかったんだ。本当は去年同窓会して渡そうと思ったんだがコロナ禍でどうにもね。それで今年になってしまったんだが今から配ろうと思う。あいうえお順で渡していくわ。まずは有栖川。それでその次が――」
「出席番号順ってことだよね? それならその次は私たちだね」サヤカが手を挙げる。
「そうだな。せっかくだから順番に取りに来てくれ」
タカシの言葉に「はーい」という元気な返事が上がり、サヤカが封筒を受け取る。
「あれ? 萌香はどうした?」
そういえば先ほどからモカの姿がない。
「なんかちょっと体調悪いって言ってお手洗いに行ってる。すぐ戻ってくるでしょ」
そう言ってモカの分も一緒に受け取るサヤカ。
「如月姉妹の次ってことは隆だろ。でその次が出席番号6番の俺か!」ユウヤが立ち上がりタカシから一枚受け取る。
「ねぇねぇ正二くん、正二くんはわたしの次だから一緒に行こ」アリスが僕の腕を掴んで言った。
「おっ、二人仲いいな。二次会以降のことは責任取らんからな」タカシがニヤニヤしながら僕とアリスに封筒を渡す。
もちろん、僕以外全員ここで死ぬから二次会など無いのだが。
「よし、みんな貰ったな。俺もまだ自分のやつ開けてないんだよ」タカシが最後の一枚を持ちながら言った。
「あっそうだ。私も家から懐かしいやつ持ってきたんだ。みんな見て見て、合唱コンクールの時の新聞」サヤカが一枚の紙を取り出した。
「わぁ懐かしい~! 私たちみんなが映ってる写真だぁ!」アリスが声が響く
「俺は映ってないけどな。あの日は体調不良で俺一人だけ休んだから」タカシが言う。
「そういえばタカシくんはそうだったね。もったいないなぁ」
「この時の合唱コンクールって何歌ったんだっけ?覚えてないんだけど」
「えっ!忘れちゃったの!? 中島みゆきの『糸』だよ。縦の糸はあなた~♪ってやつ」
そうだ。『糸』はあの当時に他のミュージシャンがカバーした曲が生命保険会社のCMにも起用されて再び注目を集めていた曲だ。穏やかかつ壮大な曲として合唱コンクールで歌う曲としてもピッタリだった。
「み、みんな……すぐ来て!!トイレで萌香ちゃんが!!!!」
ユリの叫び声が聞こえる
その声を聞いてサヤカが立ち上がる――いや、正確には立ち上がろうとした。
だが、足に力が入らずその場でよろめいて倒れた。
そろそろ毒が回り切ったのだろう。他のみんなも身体の違和感に気付いたようだ。
「おい……どうしたんだよ……みんな……」タカシも呂律が回らなくなって手に持っていた紙を落とした。
僕は静かに落ちていた紙を拾う。そこに載っていたのは当時の地元の新聞記事だ。
『交換留学生と合唱コンクール! 町が推進する国際交流への第一歩』という大きな見出しが目に入る。
「今年交換留学生として我が町にやってきてくれたナパット・パッタナセッターノンくんが11月に行われた学校行事の合唱コンクールで他の生徒たちと一緒に中島みゆき氏の名曲『糸』を一緒に歌いました。ナパットくんは「日本語の曲はとても難しかったけど楽しかったです」と明るくインタビューに応じてくれました。勅使河原町長の推進するグローバル化への大きな礎となってくれるのでしょうか」という文章が載っている。
新聞には一枚の写真が添えられてありナパットと二人の男子生徒と五人の女子生徒が並んで映っており、その横に「ナパットくんと合唱コンクールで一緒に参加した〇〇中学校クラスメイトの皆さん右から栗花落、東海林、如月萌、如月彩、有栖川、小鳥遊、東雲(敬称略)」という説明と当日いなかった残りのクラスメイト2名の名前が仲間として記されていた。
問題編 終。
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