第三章 どこにいたの 生きていたの

 鏡の前で最終チェックをする。

 どうだろうか。ちゃんとニホンジンっぽく見えるだろうか。

 問題ないことは分かっていても、彼ら彼女らに会うとなると過去の嫌な光景が脳を過ぎる。

「大丈夫……大丈夫……」自分に言い聞かせる。

『運命の糸を自分で手繰り寄せる人間になりなさい』という去年亡くなった親が僕につけてくれた名前の由来を思い出す。

 人生は無数の糸が連なって伸びている籤である。

 糸の先がどうなっているのかは見えないが、それが当たりだと信じて自分で引っ張るのだ。決して他人に引っ張らせてはいけない。

 お前が消えて喜ぶ者にお前のオールを任せてはいけないのだ。

 今日僕は復讐すべき8人全員殺すことを決めている。


 タクシーに乗り込む。

 行先は沙羅楓ホテルだと運転手に告げる。

「お客さん、今日は何か大事な仕事ですぅか?」運転手が気さくに話しかけてくる。

「いえいえ、ちょっとした同窓会ですよ」僕は答える。

「お客さん、わてぃくしの目はごまかせませんよ。何かを成し遂げようと覚悟をキメた目をしてますぅ」

 どこの方言だろうか。運転手の喋り方はだいぶ癖が強い。

「はは……まぁそうですね。何しろ15年ぶりですからね。お互い顔も忘れてるような同窓会なんで緊張してるんですよ」

「おやおやぁん、そうですぅか。大丈夫ですぅ。一緒にお酒飲んで酔っ払ったらすぐにあの頃に帰れますぅん」

「そうだといいんですが……」手に持った紙袋の中の酒瓶を眺めながら同意する。

 もちろん、この酒を僕が飲むことは無い。毒が入っているから。

「到着ですぅ。お支払いは現金ですぅ?バーコード決済もやってますぅ」

 運転手がにこやかに言う。QRコードでタクシー代も払えるようになったことに時代の進歩を感じる。

 15年前のあの頃じゃ考えられなかった。


 沙羅楓ホテルに到着し会場へと向かう。

 受付に女性が一人座っている。

 僕が招待状を渡すと彼女は顔を上げた。

「えっ、正二くん!? わたしだよわたし、萌香だよ。えっ懐かしい。元気してた?

中学卒業後、全然連絡取れなかったからみんなで死んだのかもって心配してたんだよ。どこにいたの?生きていたの?嬉しい!ねぇ、彩香~!!正二くん!!生きてた!!!!!」

 モカが奥にいる女性に声をかける。モカに瓜二つの女性が顔を出す。

 名前はサヤカ。双子の片割れだ。

「正二くんだぁ!中学の頃と比べてめっちゃ背ぇ伸びたんじゃない?なんていうか男前になった気がする!海外のモデルさんみたい!」

 その言葉にドキッとする。僕の正体は絶対にバレてはいけない。

 今日の僕はショージだ。

 もちろん本物のショージは既に海の底だ。


 その後も参加者が続々と登場した。

 ちょっと遅れると連絡してきたユウヤも到着して7人全員が揃った。

「さてさて、みんな集まったし早速乾杯といきたいところですが、今日の最初の一杯はビールじゃなくて正二が持ってきた酒『ちくわ五十年』にしようぜ」

 タカシはそう言って僕が持ってきた酒瓶を手に取った。

「ち、ちくわ五十年ってあの超高級酒じゃないか! 一本五百万円はするぞ!?」

 興奮したユウヤの声にみんながざわつく。

「そう、『ちくわ五十年』だ。今日はみんなとの再会を祝いたくて持ってきたよ」

「えっ、正二くん、見ない間にすごいお金持ちになってたりしたの?」

 アリスが聞いてくる。金の匂いを嗅ぎつけた女の目をしている。こういうのが一番厄介だ。

「うん、ちょっとビジネスで成功してね」

「ねぇ正二くぅん、その話あとで聞かせてね」アリスが言う。声のトーンが若干上がっている。

「もぉ、アリスってばさっそく正二くんに目をつけてんのぉ?? 早くない???」モカが制す。

「まぁまぁ、その辺は各自であとでよろしくやってもらうとして、とりあえずみんなのコップに注いでいくからな」

 タカシが全員のグラスに注いで回る。

「よし、みんなグラスを持ったか? それでは俺たちの再開を祝して! かんぱい!!」


 みんなが一斉にグラスを傾ける。

 毒が身体を駆け巡る。

 だがこれは遅効性の毒だ。すぐには効果は表れない。

 よく毒殺事件において飲んだ後すぐに死に至る毒を用いるものがいるが、はっきり言って頭が悪いと言わざるを得ない。

 飲んだ瞬間に違和感を覚え吐き出されたらどうするのか。

 また、複数人に仕掛ける場合、一人が倒れたらもう他の人間は飲み物に手を付けないだろう。

 その点遅効性は良い。異変に気付いた時には手遅れなのだから。

 とにかくこれで計画の第一段階は終了した。

 あとは談笑しながらあの事件についてどう考えているかをじっくり聞いていくだけだ。


 最初に注文した食事が運ばれてきた。ラキムボンのソテーだ。

「そういえばうちのクラスってアレルギーひどい子いなかったっけ? 今日出てくる料理食べれないものある子いる~?」モカが全員に声をかける

「それなら大丈夫だ。クラスで食べ物に気をつけなきゃいけない人はいたけど、そいつは今日はこの場にはいないから」タカシが答える。

「えっ、それって……」モカが何かを思い出したように口元に手を当てる。


「そうだ。ナパのことだよ」タカシが言った。

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