第二章 いつめぐり逢うのかを私たちはいつも知らない
キラちゃんと出会ったのは小学生の時だ。
初めて同じクラスになって出席番号順に並んだ時、僕のいる席が間違っていると話しかけてきたのが始まり。
結局、それはキラちゃんが僕の名前を読み間違えているだけだったのだけど、そこから奇妙な縁かよく喋る間柄になった。
キラちゃんは一番が似合う人だった。
勉強でも一位、スポーツでも一位。誕生日は一月一日だったし今のクラスの出席番号順でも一番初めだ。
あいうえお順に並ぶと後ろの方になる僕は、いつも先頭でキラキラ輝いてる彼女のことが眩しく見えていた。
だから僕は尊敬の念とその他色々を込めて「キラちゃん」と呼んでいる。
キラちゃんは僕のことを「ひーくん」と呼ぶ。
親が付けてくれた名に「ひ」は入っていないので、ひーくんと呼ぶのは彼女だけだ。
もちろん二人きりの時だけだし教室では苗字で呼び合ってはいるが、狭いコミュニティの中、それはすぐにみんなに知られてしまった。
狭いコミュニティ――都市部から離れた町に建つこの学校は少子化の影響もあってか生徒数は少なく、僕のいるクラスも九人しかいない。
たぶん僕が大人になる頃には無くなっている学校だ。
町としては若者を呼びたいということで他の国と姉妹都市提携を結んで『国際的で理解のある街』をアピールして外国からの移住者を増やして人口を増やそうとしているが、それが実を結ぶのはまだまだこれからのことだろう。
少なくとも今のような状態では『国際的で理解のある町』にはならない。
現在の町長である勅使河原氏がグローバル化を推し進めているが、この町には反対派も多い。
反対派の支持を集める副町長の日下氏を筆頭に外国人差別な意識が深まり、それは家庭に影響し子どもにも影響する。
僕のクラスで言えばタカシ、ユウヤ、ショージが当てはまるだろう。
僕に対するいじめもそういうところから始まった。
また運の悪いことにキラちゃんを嫌う勢力もあった。
なんでも一番が似合うと言ったがそれは見た目にも表れていて、この町一番の美少女の座は揺るがないものとなっていった。
それを快く思わないのが、クラスの女子のリーダー格であるアリス。
そしてアリスに付き従うサヤカ、モカの双子姉妹。
いつも本を読んでいて他の女子と関わらないユリも、先生には嘘の証言をしているので内心は快くは思っていないのだろう。
「こちらは真面目に話しているんです。ちゃんと聞いてください」
先生の言葉にハッと我に返る。
ここは進路指導室、僕は先ほど先生に引っ張られてここにやってきた。
僕たちのクラスの担任は都会の方から赴任したということもあって、外国人差別的な意識はない。しかし子供たちの大部分は純真だと信じており、クラス全員が嘘をついているなどという考えに到ることは一切ない人間だ。
「君が行おうとしていたことは魂の殺人ですよ。ことの重大性は分かってるんですか」
僕はそんなことをしていない。それを訴えても聞く耳は持ってくれない。
「あなたにとっては軽い冗談、そんなつもりはなかったのかもしれませんが、相手には一生の深い傷を負わせることになるんです。今どきの若者であるあなたには分からないんでしょうが、心におった傷というのは治らないんです。最近もありましたね、ドラえもんが何とかしてくれると思い押し入れに遺体を隠した犯人が。タイムふろしきなんて存在しないんです。いい加減君も現実を直視して大人になりなさい」
先生は最近ニュースを騒がしている裁判の話を持ち出している。
「子どもたちはドラえもんの道具を信じている」と先生は思っている。もう中学生なのに。
自分たちが子どもだった時のことを何故大人はこうも簡単に忘れてしまうのだろうか。
「さて、相手のことも考えて、これから貴方を警察に突き出して少年刑務所に送ることも出来るのですが――あら?」
進路相談室のドアが開いた。中に入ってきたのは校長だ。
「校長先生、何か用事がありますか?今、生徒の指導中でして」
「百目鬼先生、この件はこちらに任せてもらえませんか」
校長の声は低く柔らかい……しかしどこか有無を言わせない威圧感があった。
「何故です?私の受け持つ教室で起きた問題ですが」
「百目鬼先生、いいですか。教室内での性的暴行事案ともなれば学校だけに留まらず町全体のイメージに関わる問題です。」
「それはそうですが……」
先生は数秒の逡巡の後、「分かりました」と一言告げて進路指導室を後にした。
「さて……」
校長はため息を一つついた。
決して広いとは言えない進路指導室。
今まで話したこともない校長と二人だけである。
空気が重い。とても緊張する。
何を話せばいいのか分からず沈黙していると校長が口を開いた。
「大体の事情は分かっているよ」
思いがけない言葉に時が止まる。
「君が何もしてないことは私は知っている。先ほど一人の女生徒が私に真相を話してくれたよ。彼女が嘘をついていないことは、私の経験から分かる」
キラちゃんだ……キラちゃんが担任には任せられないと判断し、校長へと直談判をかけてくれたのだ。
「しかし、私に君を助けることは出来ない。君は今とても不利な状況にあることは分かっているかね。彼女以外のクラス全員が一致する証言をすれば警察も司法もどっちを信じるか、分かるだろう?」
分かっている。この町はタカシの父親の権力が根付いている。警察署長とも旧知の仲だと聞いたことがある。
「君の父親は何才かね?」
ふいに校長は尋ねる。45歳だと伝える。
「その年齢だと今からこの町を家族で離れて新たに仕事を探すの難しいだろうな」
校長は分かり切ったことを言う
「君を学校にこのまま置いておくわけにはいかない。しかし今から転校して新たな生活を始める余力が君たちの家庭に無いことも分かっている。そこで、我々から提案なんだが町から補助金を出すので君は二学期から――」
人生の転機は常に唐突で、大事な運命にいつめぐり逢うのかを僕たちはいつも知らない。
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