第一章 なぜめぐり逢うのかを私たちはなにも知らない

「日本から出てけよガイコクジン!!」

「お前に居場所はここじゃない」

「死ねよクルド」

 タカシとユウヤが僕の机の前で何か言っている。

「ほんとうに気持ち悪い」「なんであいつ学校に来てるんだろう」「俺がこいつの親だったらとっくに自殺してるわ」

 教室のほかのクラスメイトも、こちらを見ながらそんな会話をしている。

 僕は無視して次の授業の用意をする。

「おい、こいつ聞こえてねぇのか」

「しょうがないだろ、こいつに日本語が理解できないんだから」

 先日の国語のテストで僕は満点を取った。

 日本語は理解できているつもりだ。

「それもそうか。じゃぁこいつにも理解できるように伝えなきゃな」

 そう言ってタカシは僕の机を蹴り飛ばした。

 机ごと一緒に押し倒される僕。

 起き上がろうとする間もなく、すかさずユウヤも倒れた僕のお腹に蹴りを入れる。

「きめぇんだよ。死ねよ」

 肋骨がきしむ音がする。身体をまるくしてうずくまることしか出来ない。

 給食で食べたものが胃から飛び出そうになる。


「ねぇ、そんなことやめなよ」

 少女の声がする。

 顔を見上げると、アリスがそこに立っていた。

 手には箒を持っている。

「なんでだよアリス、俺たちが間違ってるって言うのか?」

 ユウヤが信じられないという顔をしている。

「そーだよ。あなたが間違ってる。」アリスが答える。

 ちょっとどいて、とアリスがタカシとユウヤを押しのけて、倒れている僕の目の前に立った。

 そして――箒の柄の部分を僕の顔面突き立てた。

「がはっ――」

 声にならない音が僕の喉元から漏れる。

「ごほっごほっ」

 咳とともに赤い液体が飛び出した。血だ。

「ね、わたしの言ったとおりでしょ。直接殴ったり蹴ったりすると汚いクルドの血がついちゃうじゃない。」アリスは誇らしげに言う。

「さっすがアリスだ!頭いいな。よし俺はこれでやるぞ!」

 そう言ってタカシは椅子を持ちあげた。

「椅子の足の部分で目玉を突き刺したらどうなるのかな。潰れるのかな」

 ニヤニヤしているタカシ。

 ヤバい、逃げなくては……でも、全身の痛みで身体が動けない。

 せめて顔を下に向けて――僕は視点を床に移す。

 床には赤いしみがついている。さっき僕が吐き出した僕の血。

 彼らが汚いクルドの血と呼ぶ、僕の血。

 この血が何をしたって言うんだろう。

 こんな悲劇になぜめぐり逢うのかをなにも知らない。誰も答えを持たないだろう。

 後頭部に衝撃が走る。椅子の足が当たったようだ。遅れて鈍い痛みが広がる。

「何してるの。目を突き刺すんじゃなかったの?」

 アリスはがっかりした表情でタカシを見る。

「いや、こいつが顔を下にして避けるのが悪いんだよ。クソっ!バカにしやがって!!殺してやる!!!」

 タカシはもう一度、椅子を振り上げた。逃げようにも身体は痛みで動かない。

 もうダメだ。椅子で何度も殴られれば頭蓋骨も砕けて僕は死んでしまうだろう。

 その時教室のドアが勢いよく開いた。


「先生!こっちです!早く来てください!!!」

 学級委員長のキラちゃんが先生を連れて教室に駆け込んできた。

「これは一体何の騒ぎですか!!」先生が怒鳴る。

「先生、助けてください――」そう言葉を発したかったが喉に溜まった血液が僕の声を奪った。

 代わりに誰かが「先生、助けてください!」と叫んだ。

 アリスだった。

 アリスは泣きながら先生にしがみつき、「わたしレイプされるところだったんです。それをユウヤくんとタカシくんに助けてもらって――」

 何を言ってるんだ。そんなことあるわけが――

「本当ですか?皆さん、それで間違いありませんか」先生がクラス中に問いかける。

「その通りです先生」「本当に怖くて」「アリスちゃんがかわいそう」「早くそいつを追い出して」

 クラスの皆が口々に信じられないことを言う。

「違う、そんなわけないです。先生!」とキラちゃんは庇ってくれるが、

「先生、委員長はそいつの幼馴染で庇って嘘をついてるんです」とすぐにアリスが被せる。

 先生はゆっくりと僕に近付く。

「まったく……自分が何をしたのか分かってるんですか!今から生徒指導室に来なさい!!」

 僕は呆然として何も返事が出来ずにいる。

「何をしてるんですか。早く立ち上がりなさい。黙ってうずくまっても何も解決しませんよ」と言って僕の腕を引っ張り身体を起こす先生。

 そのまま僕は先生に引っ張られて教室を出た。


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