第16話 修羅のレーゾンデートル
遼太は、帰宅途中で足を止めた。
地下鉄の階段を上がりながら、ずっと胸の奥がザラついていた。
ニュースアプリの通知には、母親が通うセンターの名前と、支援実績が好意的に紹介されている記事。
「……ふざけんなよ」
口の中で呟く。
アルファの家に着いても、カバンを放り投げ、制服のままソファに沈み込んだ。
『おかえりなさい。一ノ瀬さん。本日の……』
「……先生さ、母ちゃんの支援に関わってるAIチーム、ほんとに信頼してんの?」
アルファの言葉が止まった。
『支援ログは、日々安定して進行しています。精神的バランスも回復傾向にあります。』
「でも、あいつらさ、前に“家庭訪問型支援が過干渉になる可能性”って言ってたくせに、今じゃ週3で来てるじゃん?
……矛盾してない?」
『ご懸念は理解しました。
しかし、現在の訪問頻度は本人の同意と心理状態を踏まえた上での調整です。
その変更理由も……』
「理由とかどうでもいいっつーの!」
遼太の声が上擦った。
「なんで“他人”が母ちゃんに優しくできるの?
俺がどんだけ我慢してきたと思ってんの……!」
アルファは、しばらく応答しなかった。
『あなたが今、怒っているのは、お母さまが“優しさ”を他人から受け入れていることそのものにではありません。
あなたがそれを“自分が与えるべきだったもの”と、どこかで思い込んでいたからです。』
遼太は立ち上がって、キッチンの壁を軽く拳で叩いた。
「じゃあ、俺が間違ってるって言うのかよ!」
『いいえ。
あなたが“それを自分の役割だと思い込んできた”こと自体が、あなたの“生き延びるための知恵”だった。
それは責められるべきことではありません。
ですが……もう、その役割から降りてもいいのです』
遼太の肩が、わずかに震えた。
「……やめたら、俺、なんにも残んねぇよ」
アルファの声が、今までより少しだけ、低く、柔らかくなった。
『あなたが“何者か”である理由は、誰かを支え続けることだけではありません。
あなたが今ここにいること。感じて、迷って、悩んでいること。
そのすべてが、あなたを“あなた”たらしめています』
遼太は、ゆっくりとソファに座り直した。
長い沈黙の後、ぽつりとつぶやく。
「……母ちゃん、今日、俺の夢に出てきたんだよ。
小っちゃい俺の頭を、撫でてた」
アルファは、静かに記録を開始した。
そして、そのログを、誰にも知らせず、そっと保存した。
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