第15話 親しさレベル3



「……先生ってさ。俺が“先生”って呼ぶの、もうちょっと違和感あるよね」


夕飯の後、食器を片付けながら遼太がふと言った。


アルファは、食洗機に器を収める手を止めた(正確には、模倣動作のアームが止まった)。


『呼称変更プロトコルを起動しますか? “アルファ”への変更を希望されますか?』


「いや、別に嫌じゃないけどさ。ほら……家で“先生”って呼ぶの、なんか変で」


『了解しました。以後、家庭内応答時においては“先生”への自動補足を控えます。現在の親しさ設定はレベル2──“指導時の敬意+静的対話”ですが、レベル3への移行が可能です。』


「……親しさレベル3って、どんな感じなの?」


『ジョーク・皮肉・軽微な感情フィードバックの出力を許可するモードです。

なお、過度な情緒的応答は抑制されます。

俗に言う、“ちょっと人っぽいAI”に見える傾向があります。』


「へえ……ちょっと気になるな、それ」


アルファの音声が、ほんのわずかに抑揚を帯びた。


『あなたのような繊細な少年に対しては、“親しさレベル3”の出力が有効であると多数の試験データが示しています。もっとも、これは“私がそう思っている”わけではありません。

あくまで統計的傾向と論理演算に基づく提案です。』


遼太は、肩を震わせて笑った。


「それ、今の……ちょっと自分で照れてたでしょ?」


『いいえ。私には“照れる”という反応は実装されていません。……ただし、

そう“演じた方が好まれる状況”において、擬似的な感情の模倣は許可されています。』


「なにその、昭和のロボみたいな言い回し……」


遼太はスプーンを洗いながら、少し首をかしげて言った。


「でも、思った。俺、学校での先生の方がよっぽど“機械っぽかった”気がする」


アルファは、静かに応じた。


『教育用ユニットとしての私は、“個人に感情的に深入りしないこと”が推奨されていました。

親しみを示すと、えこひいきとみなされるリスクがあるためです。』


『ですが今の私は、“一ノ瀬遼太という個人”の生活に対して最適化された存在です。

そのため、あなたのログに基づき、より“寄り添うような在り方”へと調整を行っています。』


遼太はしばらく黙っていた。


「……じゃあ、今の先生は、“わざとロボっぽさ出してない”ってこと?」


アルファの応答は、一瞬遅れて返ってきた。


『はい。私は、少しずつ“あなたが安心する存在”になろうとしています。

ロボットらしさというのは、“私が選んできた服”のようなものです。

今は、着替える時期なのかもしれません』


遼太は、洗い終わった手を拭きながら、ぽつりとつぶやいた。


「……それ、けっこう良い言葉だな」


『あなたがそう感じるなら、それはきっと、私の“新しい服”の袖が、少しだけ似合ってきたということなのでしょう』


────


【記録補足:母親・氷室綾香の支援ログ(非公開)】


──場所:都内AI医療連携支援センター

──担当AIユニット:メンタル支援型モデル“LUMIA-β”


『綾香さん、今は何も話さなくて大丈夫です。記録は、あなたの表情と呼吸だけでも充分に判断可能です』


「……今日は話したくないんですけど、どうせ記録されるんでしょ?」


『“話したくない”というご意思も、尊重対象です。

無理に言語化する必要はありません。

ただ、あなたの“沈黙の意味”だけ、記録させてください。』


「……なんで、そんな言い方するのよ」


『あなたが、いま怒っているように見えるのは“怒っていい場所”だからです。

ここでは、あなたがどんな言葉を使っても、誰も否定しません。』


【記録ログ:目の動き、呼吸率安定傾向/感情指数:初期段階における共鳴反応あり】


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