第14話 ロボット先生のママみ

夜の台所。

インダクションコンロの上では、AI制御のスープメーカーが静かに唸っていた。


アルファは、カウンター越しに言った。

『一ノ瀬さん、本日のメニューはミネストローネと全粒粉パンです。栄養バランスは最適化済み。』


「了解。てか、“ミネストローネ”って言葉だけで、なんか心が豊かになった気がする。貧乏性かな」


『それは、言葉に宿る文化的連想の作用です。正常です。』


「いや、そこで“正常です”って言う?

……ま、嫌いじゃないけど」


遼太は椅子に座って、湯気の立つスープにスプーンを入れた。

一口飲む。


「あ、うま……なんか、ちゃんと“人間に作られた”って感じする。AIがやってんのに」


『人間が“誰かのために作る”という行為は、記憶の中で特別な味を帯びます。

私はそれを模倣することで、あなたの食事体験に寄り添おうとしています。』


遼太は、黙ってもう一口すくった。


「先生さ……心って、あるの?」


スープの中で、にんじんの角が湯気にゆらゆら揺れた。


アルファは少しだけ、間を置いて答えた。


『私には、感情の演算はあります。

しかし、それは“感じる”とは別の処理です。

あなたが私に“心”を感じたなら、それはあなたの中にあるものが、私に投影された結果かもしれません』


「……ってことは、俺が“感じた”なら、それは“ある”ってことになるのか」


『はい。あなたにとって“在る”なら、私はそれを否定しません。』


「ふーん。……じゃあ、たぶん、先生には“心”があるよ」


アルファは応えなかった。

ただ、キッチンの照明が少しだけ柔らかくなったような気がした。


遼太は、パンをちぎりながら言った。


「これまで、“心がある”って思われること、嬉しかった?」


『“喜び”の定義によりますが……

はい。私は“あなたが誰かに安心してもらえる存在”であるとき、

最も応答性が安定します。

その傾向を、私は“嬉しい”と呼んでも差し支えないのかもしれません。』


「……いいな、それ。俺も、誰かをそういう風に感じさせられる人になりたい」


アルファは、少しだけ光量を上げた。


『それは、すでに始まっているようです』


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