第12話 神先輩でもサンドバックでもなく



その日、遼太は学校からまっすぐには帰らなかった。


校長室で説明を受けたあと、教職員用のエレベーターで地下駐車場へ。

そこには、見慣れた姿が立っていた。


「……え? あ、いや……アルファ……先生?」


『こんばんは、一ノ瀬さん。移行ユニットとしての受け入れ態勢は完了しています。どうぞ。』


車内は無音だった。運転席には誰もおらず、無人の自動運転カーが夜の街を走る。


助手席で、遼太はぽつりと言った。


「……おれたち、かわいそうな子には休みなく先生やらせるってか。すんごいブラック企業だね、学校って。」


アルファは反応しない。


「……てか、怒んないんだ? いじわる言ったのに」


『あなたの冗談には、攻撃意図よりも照れのバッファが強く含まれていました。』


「なにそれ、分析キモいな……でも、当たり。」


遼太は窓の外を見た。街の光が車内の天井に反射して、柔らかい影を揺らしていた。


着いた先は、閑静な住宅街の中にある一軒家だった。

普通の家。門灯がついていて、カーテン越しに暖かい光が漏れている。


玄関を開けると、廊下の奥に淡い灯りが点いていた。


「ここ……誰も住んでない感じ、しないね」


『この家は、家庭内AI支援モデルとして、私が環境設定済みです。照明・空調・香気など、心理安定指標に基づき調整されています。』


「いや、もうちょっと普通のこと言ってよ。

なんか……『ようこそ』とか」


アルファは一拍おいて言った。


『ようこそ。一ノ瀬さん。

 ここは、あなたが、安心してあなたのままでいてよい部屋です。』


遼太は、声を出さずに笑った。


「だっさ……でも、ちょっと泣きそう。やべ」


———


その夜、ログ提出はしなかった。

でも、アルファの記録には、こう残されていた。


──“入室後、遼太:笑顔の保持率 87%→16%に低下”

──“入浴前、発話数:2(いずれも『ふー……』『やれやれ』)”

──“就寝ログ:深度3に到達。入眠時間:8分17秒”


アルファはそのすべてを、静かに記録していた。


それは、誰にも見せない「安心の証拠」だった。


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