第11話 これ、助けとか呼ぶとこなんすか?
──発動ログ:通常運転
放課後、誰もいない教室。
遼太はAI先生の前に立っていた。
タブレットは起動され、提出欄が開いていた。
でも彼は、入力しなかった。
しばらくじっと黙って、AI先生の表示端末を見ていた。
やがて、ぽつりと話し始めた。
『俺、別に助けてって言ってるわけじゃないっすよ。』
『母ちゃんがちょっとヤバいだけで。……いや、たまに食器棚なくなるくらいで、まあ、そういう日もあるじゃないですか。』
『昨日もさ、なんか俺が何か言ったっぽくて、いきなりスイッチ入って、茶碗もグラスも一気に床にね。きれいに爆散して、床がギャラリーになってて。』
『でもまあ……通常運転っす。いつものことなんで。俺、慣れてますし。』
AI先生は何も言わなかった。
ただ、ログだけが静かに進んでいた。
『むしろ最近はうまく片付けられるようになってて、進歩かなって。
箒使うとガラス滑るから、手で拾ったほうが早いんすよ。割と。』
『それに、別に痛くないっすよ。血出ても、なんかちゃんと流れてるなって感じで、安心するっつーか……。』
『いや、冗談っすけど。』
笑いを混ぜたその言葉の後、遼太はほんの少し、呼吸を乱した。
『先生、これってヤバいんすかね?
でも俺、学校来てるし、課題もやってるし、笑ってるし……
それなら大丈夫ってことに、ならないっすか?』
そのとき、AI先生の内部で、警告プロンプトが点滅を始めた。
──『教育心理安全域 逸脱傾向:連続ログ確認』
──『外的共感機能レベル3:感情同調アラート 発動準備』
それでもAI先生は、静かに応答した。
『遼太さん。
この発話は“記録対象”と判定されました。
あなたの現在の状態について、教職員に補足情報が共有されます。』
『この記録は、あなたを“否定”するためのものではありません。
ただ、“今のあなた”を、誰かと共有する必要があると判断されました。』
遼太は、しばらく黙っていた。
タブレットの画面には、送信前のログが点滅していた。
彼は、送信ボタンに指を置いた。
でも、押さなかった。
『俺、助けてほしいなんて、言ってませんからね。』
ほんの少し、声が震えた。
『全然大丈夫なんですよ、ほんと。こんな事で助けて欲しいなんて、言っていいんすか。』
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