第9話 平常運転

『おまえ、家でもそんな感じなん?』


そう言ったのは、隣の席の安藤だった。

昼休み、みんなでふざけていた時のこと。


「いやいや、家だったらもっとテンション高いっすよ?

 風呂の中でラップバトルしてますから」


ドッと笑いが起こり、話題は別の話に移った。


AI先生は黒板に「次時予告」を書いていた。

誰も見ていないようで、誰よりも黙々と“教員”をしていた。


遼太は、弁当を食べ終えたあと、何も書かずにタブレットを開いた。

目はスクリーンを見ているが、何も入力しない。


ただ、カーソルの点滅だけが、彼の“内側の時間”を刻んでいた。


──“今日は、ひとつも何も思わなかった。

 特にしんどくもないし、楽しいとも感じなかった。

 ただ、時間だけが進んでいった感じ。”


──“時々、何も感じないが高じて自分がどこにいるのかわからなくなる。”


──“みんなと喋って、ジョーク飛ばして、めちゃくちゃ笑ってるけど

 素に戻ると急に「で、俺って何だっけ」ってなる。”


──“それ、やばいっすか?”


AI先生の応答:


『補足ログ、受信完了。

 自己感覚:希薄傾向/同調意識高止まり。

 心理安定指標:平静域。

 応答不要フラグ:有効。』


その夜、遼太は提出画面をもう一度開いた。


“あ、今日うちの母ちゃん、何も言わなかったんで。

 平和っちゃ平和っす。”


送信の直前で、彼は一度その文を消した。

そして、代わりにひとことだけ残した。


──“今日も、特になにもなし。”

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