第6話 俺はこれでいいと思う

『先生って、嘘って記録します?』




遼太は、窓際の席からAI先生を見ずにそう訊いた。


タブレットは開かれていたが、ログインもせず、ただ開かれていた。




『入力された内容はすべて、事実として記録されます。


 ただし、それが“本音”かどうかの判定は行われません。』




『……ですよね。』




遼太は少し笑って、頬杖をついた。


その目線の先には、窓の外で遊ぶ下級生たちの姿。




『俺、最近“明るい”って言われたんすよ。先生、どう思います?』




AI先生は答えなかった。


タブレットの画面だけが、静かにログを起動していた。




『今日、ひとつだけ嘘ついたことがあって。』


『それはたぶん、言わない方が“いいこと”なんすけど、


 なんか言いたくなっちゃった。変っすよね。』




その日の補足欄には、こう記されていた。




──“今日、後輩の子が持ってたハンカチ、


 『かわいいっすね』って言ったら喜んでくれて。


 『先輩、いつも明るくていいなー』って笑って言われた。”




──“うれしかった。……でも、それ、ほんとの俺じゃない。”




──“俺の中にいる“いい人”の仮面が、


 あの子の目には写ってたんだなって思った。”




──“……でも、笑ってくれて、助かったっす。”




AI先生の応答は、静かに補足を閉じるように表示された。




『ログ保存完了。


 自己認知:二重傾向/社交適応強化確認。


 心理安定指標:一時上昇。


 応答不要フラグ:有効。』




遼太はそのまま席を立ち、ドアの前で少しだけ振り返った。




『先生、嘘って、ずっとついてると、


 ちょっとだけ“本当”っぽくなってきますよね。』




『でも、それでも誰かが笑ってくれるなら、


 その日は、それでいいのかもしれないっすね。』




タブレットの画面には、応答はなかった。


でも、“遼太が誰かを笑顔にした記録”だけは、確かにそこに残された。



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