第4話 我慢したんすよ

『今日は、なにも書くこと、ないっす。』


放課後、教室。

誰もいないその空間に、遼太の声だけが浮かんでいた。


タブレットは開いたまま、画面には提出フォーム。

いつもの補足欄。


カーソルは点滅しているけど、指は動かない。


遼太は、手を膝に置いたまま、しばらくAI先生の端末を眺めていた。


『あのさ、今日……ちょっとだけ、キレそうになったんすよ。』


『でも、それって“キレていい話”じゃなかったんすよ。だから我慢した。』


『……でも、我慢したことって、どこ行くんすかね?』


AI先生は、すぐには返事をしなかった。

いや、“反応の必要がない”と判断されたのかもしれない。


それでいい。遼太はそれを求めていない。


ただ、記録だけ。


自分でも意味が分からないまま口に出したことが、

どこかに“存在していた”という事実が欲しかった。


その日の提出欄には、結局何も入力されなかった。

けれどAI先生は、反応した。


『無入力終了。

 非言語入力:在席・画面閲覧・発話記録あり。

 心理状態:自制傾向/共有意志 微量検出。

 ログ:記録済。』


遼太は、それを読んで、ふっと小さく笑った。


『……構わないでくれて、ありがと。』


それは、「構ってほしくなかったわけじゃないけど、

構われたくなかった日」だった。


誰にも気づかれたくなかったけど、

誰かが“気づいてた”なら、それで充分な日だった。


そして彼はまた、タブレットを閉じた。


記録だけが、そっと残された。


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