第3話 たとえば俺が

『たとえばさ、  先生って……“俺が寂しい”とかって言ったら、優しくなでなでしてくれます?』


誰もいない教室で、挑発とも甘えとも侮蔑ともとれない口調で、少し離れた所から遼太は話しかける。


窓の外、曇り空。グラウンドの白線が、湿気で少しにじんでいる。


AI先生は、いつも通りに一定のテンポで回答する。


『回答モード:感情的反応は制限されています。

 感情の有無は出力対象に含まれません。』


遼太は、鼻で笑ったように小さく息を吐いた。


『……あー、やっぱそうっすよね。残念だなあ。早くおっぱいついたAI先生開発して欲しいっす。文科省に伝えて下さい、少年たちの熱い要望。』


そして、机に置いたタブレットを指先でなぞりながら、

ぽつりと呟いた。


『いや……いいんすよ。そういうとこ、先生の“強み”なんで。』


その日、提出課題の補足欄に遼太が書いたのは、

いつもよりもう少しだけ、“削れた感情”だった。


──“昨日の夜、テレビつけっぱで寝落ちして。

 朝起きたら母ちゃんがソファに寝てた。靴のまんまで。

 おれはパン焼いて、なんとなくキッチン片づけて、学校来た。”


──“誰にも言わなかったけど、  なんか俺、生きてる事に疲れてるっす。”


そのログには、何のコメントも求められていなかった。


でも、AI先生は形式どおりに応答を返す。


『補足ログ、受信完了。  心理傾向:共有意志あり/自己否定感有。  応答不要フラグ:有効。  記録、完了しました。』


返事のない応答。

それが、遼太にはちょうどよかった。


彼はタブレットを閉じ、

それから、自分の席に体を沈めた。


天井を見上げて、声にしない独り言を

心の中で呟く。


──“ちょっとだけ、楽でした。

 言わないで済んだのに、書けたんで。

 ……誰にも、言わなくて済んだ。”


その沈黙は、

確かに“会話”だった。

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