第2話 ついひとこと
「昨日のやつ、ログってます?」
放課後の教室。誰もいなくなったその静けさの中で、
遼太はタブレットを開いたまま、AI先生に尋ねた。
「はい。一ノ瀬遼太さんの補足提出ログ、保存されています」
変わらぬ、平坦な返事。
それだけで少し、肩の力が抜けた。
──ああ、やっぱり残ってたか。
昨日、ついぽろっと“それっぽいこと”を書いた。
寂しいとか、そんなはっきりした単語は使ってない。
ちょっとだけ、夜に思ったこと。
“ちゃんとひとりで寂しがれるようになるには、何歳までかかるんすかね”
……あとで読み返して、まあまあキモいなと思った。
でも消す前にログられた。
それはそれで、ちょっと安心したのも事実だった。
「じゃあ先生、今日の補足も、同じとこに足しといてください」
「補足ログ、続行指定。内容をご入力ください」
遼太は少し笑って、タブレットのキーボードに指を乗せた。
何書こう。いや、何も書かなくていい。
でも、昨日のまま放っておくのも落ち着かない。
‘先生、俺の人生のコード修正してください’
しばらく画面を見つめて、最後にこう付け加えた。
“別に、何かしてほしいとかじゃないっす。記録だけ、お願いです”
送信。
AI先生の返答は相変わらずだった。
「補足ログ、保存しました」
何も変わらない教室。
窓の外はもう、夜の匂いがしている。
遼太は立ち上がり、荷物を肩に掛けた。
ドアに手をかけたところで、ふと立ち止まって、
もう一度だけAI先生を振り返った。
「……あの、“ひとこと”で済むと思ってたんすよ。昨日の」
「はい。内容は“ひとこと”でした」
AI先生は、ほんの少しだけ間を置いてから更に答えた。
「内容の密度は、文字数とは比例しません」
「……やば、先生、そういうとこ好きです」
遼太は苦笑しながら教室を出ていった。
AI先生のログには、静かに追加された一文があった。
──本日、補足記録:継続中
感情反応:安定/安堵傾向あり
それは、誰にも読まれない。
けれど、確かに“彼の今日”がそこに残っていた。
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