第37話 お母さん、ごめんね

一緒に住んでいた頃、私達、私とこども一人は大事な話を車ですることが多かった。


家で話したら必ず邪魔が入るし、私は向かい合って人と話すのが苦手だから。


送迎のときなど、後部座席に乗っている息子か娘へ、「一つだけ、話があるから聞いて」と言う。


だいたい彼らも気づいているから、「なに?」と聞いてくれる。


短く、繰り返さないように、人と比較しないように、気をつけて話す。


余計なことを言って、一番伝えたいことが伝わらなくて何度も後悔した。


「わかった」「うん」で、話は終わる。


自分が言っていることを正当化したくて話を続けたくなるけれど、我慢我慢と思いながら、ラジオの音量を上げる。



「お母さん、ごめんね。あの時、お父さんの味方して」


後部座席に乗るなり、娘が言った。


今日、車に乗ったら言おうと娘は考えていたのだろう。


「うん」と私は言った。


あの頃の彼らのように。


「彼氏か、好きな人ができた?」


運転しながら訊いたら、「まぁ」と娘は答えた。


ラジオからは米軍放送が流しているポップな洋楽が聴こえてくる。


娘の彼が浮気したのか、浮気が疑われるのか、好きな人が娘ではない人を好きなのか。


一度浮気した人はもう一度浮気する確率が高いから、今のうちにやめておきな。


こんなに世界は広くて、もっと良い人がごまんといるよ。


お母さんにその人の名前を教えてくれたら、話をつけてくる。


言いたいけれど、もちろん言えない。


こんなに可愛い(見た目ではなくて、母として)娘を傷つける人を決して許すことはできない。


けれど、私にできることは何もない。


パーキングへ寄るしかない。


「日本の男女平等ランキング、最下位の115位って、大学で教授が言っていた」


「え?」


「私達は、母親という存在に頼って生きているって」


彼の浮気とかではなく、教授の話?


「お兄ちゃん達が家の事を何もしないのに、私だけ手伝うのはおかしいって思っていたからさ。ごめんね」


「あぁ」か「うん」かもごもごと音を発する。


こんなこと言われたら、ますます、パーキングとの距離が開いてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る