第3話 ダイヤモンドリリー

 ーこのままじゃいけないー


 そんな気持ち一つで体を動かしてみる。動きやすい服に着替えて、荷物を持って。


(そろそろ一人になったはず……。)


 お母様はどこにいるだろうか。なんて考えながらぶらぶらと歩き回る。


「……お母様!」


「何、凪季?」


 いつもと変わらない眼差し。今から私はこの人を悲しませる。


 息を吸って。吐いて。言葉を紡ぐということはこれほどまで辛かったか。決意を固めて、心を押し潰して。


「何度も繰り返していて、しつこいのは私が一番わかってる。でも私は……一人になりたい。私は一人で生きていける……。いや、生きていかなきゃいけないと思ってるの。」


 落ち着いて、言いたいことを伝える。このことを伝えるのは初めてではないはずなのにいつまで経っても緊張する。


「なぜそんなにここを離れたがるの?」


(痛いところを突かれたな……。)

 本当は言いたいこと、伝えたいことがたくさんある。理由も、考えも、気持ちも。でも


 ー


 それだけは駄目だと誰かが言っている。


「ねぇ、そろそろハッキリと言って。あなたが理由もなく一人になる必要があるわけないでしょう?」


 畳み掛けるように、まっすぐに私の瞳を見たまま言う。


「ねぇ、教えて。あなたの口から話を聞きたいの。」


(……はは。理由も言わずに出ていくのはさすがに許されないか。)


「お願い。」


 真剣な眼差しでこちらを見る。でも。


「……わかった。ただし、私がこれを話したらもうここへは返ってこれない。」


 お母様が目を見開く。何かを言おうと口を開く。でもそれより先に。


「私は、あなたたち……お母様とお父様の子ではないの。」


 もう誰の顔も見なかった。


「私は……。二人の子の体に魂が宿っただけの他人。あるはずだった精神を、時間を奪って生きてるの。私はこの体の子を殺したのと同義。」


 言葉を発したくない。ここにいたくない。考えたくない。


「……だから私はここにいられない。」


 (あぁ、言ってしまった。)

 気分は最悪だが、最低限は果たせた。それだけで充分だ。そう言い聞かせる。


「ありがとう。育ててくれて。優しくしてくれて。愛してくれて。でも、私はここにいていい人間じゃないの。……さようなら。」


 言い終わると同時に逃げるように走る。後ろどころか誰も見ない。映さない。


「待ってや!!」


 私の前に立ちはだかる。


「さよなら。」


 無理矢理避ける。捕まえようとするその手が得られるのは空気だけ。


「はぁ、はぁ……はぁっ」


 視界が場所の把握をするより先に足が、景色が変わる。もうここがどこかなんてどうでも良かった。

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