第四幕:ふにゅふにゃの、好き

 採寸を終えた羽瑠は、Étoile d’Amourの控室へと通された。

 壁一面の鏡、小さなソファ、テーブルには淡い紅茶色のポットとカップ。

 ふわりと漂うローズティーの香りが、緊張していた身体をほどいていく。


「ここで少し休んでくださいね」


 白ロリの店員の笑顔に背を押されるようにして、羽瑠はソファに沈み込んだ。


 (……つ、つかれた……)


 採寸用ボディスーツで全身を測られるという羞恥、

 全力で耐えた乙羽の真面目さ、

 そして……あのノート。


 『おっぱいかわいい』

 『おしり、おしり、おしり』

 『恥ずかしがる羽瑠→かわいい』


 羞恥心で全身の神経が燃え尽きていた。


 「紅茶、入れるね」


 あとから控室に入ってきた乙羽が、カップに紅茶を注いで差し出す――


 ――はずだったが、


 「……ぁ……」


 羽瑠は、カップを受け取る前に、

 そのままソファへ、ふにゃりと倒れ込んでしまった。


「羽瑠?」


 呼びかけても、反応はない。


 すやすやとした寝息。

 目元はふわりと緩んで、身体はソファに沈み込んでいる。


「……寝ちゃった、か……」


 乙羽は、カップを静かにテーブルに戻すと、そっと羽瑠の隣に座った。


 無防備な寝顔。


 ほんのり赤くなった頬。軽く乱れた髪。


 その一房を、乙羽は指先で優しく整えた。


 さっきの採寸データをまとめたノートを開きながら、

 乙羽は静かに羽瑠の身体を見つめる。


(肩、もっと出してもいいかも)


(でも、あんまり露出が多いと怒られそうだし……)


(スカートはレイヤー多めで、でも軽い素材……)


(あ、袖口にリボン……この腕には、似合う……)


 次々に浮かんでくるデザインのイメージを、乙羽はスケッチに起こしはじめた。


 羽瑠が立って、歩いて、少し照れて、でも嬉しそうに笑ってくれたら――

 そんな姿を想像しながら、ペンを走らせる。


 そのときだった。


 「……ん……ぅ……」


 小さな声とともに、ふにゃ、とした感触が、乙羽の袖に触れた。


「え?」


 見ると、寝息を立てていたはずの羽瑠が、

 寝ぼけた顔のまま、指先で乙羽の袖をぎゅっと引いていた。


「……どうしたの?」


 そっと覗き込む乙羽に、羽瑠はとろんとした瞳を向けた。

 意識がどこかへ漂っているような、でも確かに乙羽だけを見ている目。


「……乙羽……」


「うん、ここにいるよ」


「……ありがと……」


「え?」


「……いっぱい、測って……きもちわるいの、全部……

 まじめに、ふわって……してくれて……」


 乙羽は一言も返せなかった。

 ただ、顔が熱くなっていくのを感じていた。


 羽瑠の指先が、まだ袖をつまんでいる。


 そして、ぽつりと。


 「……んとね……好き……」


 その一言が、世界を止めた。


「え……?」


 乙羽が聞き返す間もなく、羽瑠はそのまま上体を起こして――

 乙羽の肩に、ふにゃっと頭を預けた。


「ちょ、羽瑠……?」


 返事はない。目を閉じて、寝息が戻っている。


 でも――


 そのままの姿勢で、羽瑠の唇が、

 そっと乙羽の頬に触れた。


 軽く、けれどはっきりとした、キスだった。


 乙羽の脳内が真っ白になった。


 頬に残る感触。香る紅茶と、羽瑠の髪の匂い。


 ふにゃふにゃになった小さな身体が、自分に寄りかかっている重み。


「……え、うそ、え、今……キス……?」


 思考が渦巻く。

 いつも強気で、剣道一直線で、ロリータ服に文句ばかり言ってる羽瑠が――


「……わたしに、好きって……」


 乙羽はそっと、自分の頬に指を当てた。

 その体温が、確かに残っている。


 そしてその隣で、ふにゃふにゃの寝顔が、心地よさそうにくっついていた。


「やば……これは……」


 心臓が苦しい。嬉しすぎて、呼吸ができない。


「……ああもう、これ……幸せで死ぬやつ……」


 乙羽はただ、静かに羽瑠の頭を支えるようにして座っていた。


 控室には、誰の声もない。


 ただ、寄り添うふたりと、甘い空気だけが、そっと満ちていた。

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