第五幕:秘密と手のひら

 羽瑠がふにゃふにゃに寝息を立てたまま、乙羽の肩に寄りかかってどれくらい経っただろう。

 紅茶はすっかり冷めていた。


 控室の扉が、ノックもなく、そっと開いた。


「失礼します〜」


 入ってきたのは、白ロリの店員と黒ロリの店員。

 ふたりとも、表情は柔らかく、けれど“見た”顔をしていた。


 羽瑠の寝顔。

 その隣で、頬を染めたまま固まっている乙羽。


 白ロリの方が、にこにこと言う。


「そろそろ、お時間ですので……紅茶のおかわり、ご用意いたしますね」


 黒ロリの方は、黙ってぺこりとお辞儀。


 だがその視線には、明らかに「頑張ってね」の色があった。


「……っ……」


 乙羽の顔は一気に熱を帯びる。

 視線が合った瞬間、白ロリ店員が目を細めて微笑んだ。


(見られた……見られた……!!)


(ぜっっったい、わかってるやつ……!!)


 乙羽は、そっと羽瑠の頭を枕に戻し、立ち上がった。


「ごちそうさまでした……」


「お気をつけて、お帰りくださいませ」


 ふたりの視線を背中に受けながら、

 乙羽は人生で一番丁寧なお辞儀をして、控室をあとにした。


 * * *


 そのあと、羽瑠も目を覚ました。


 ふにゃふにゃしながらも、「疲れた……」を連発し、着替えを済ませて外へ。


 夕暮れの通りを歩きながら、羽瑠は小さな声で言った。


「……なんか、夢見てた気がするけど……」


「夢……?」


「んー……なんだったかな……誰かのこと、好きって言ったような……気のせいか……?」


 乙羽の心臓が跳ねた。


 同時に、呼吸が止まりかける。


「そ、そ、そうなんだ……へえ……夢ね……へへ……」


「お前、なんか挙動不審じゃない?」


「な、なんでもない!あっ!信号赤だよ!止まろう止まろう!」


「いや、まだ青……」


「いやいやいや、念のため!安全第一!」


 あまりの慌てっぷりに、羽瑠は眉をひそめる。


「……熱、あるんじゃない?」


「え?」


「顔、赤いよ?」


 羽瑠が、額を触ろうと身を寄せてくる。


 その距離に、乙羽は全身が硬直した。


 覚えてない――

 さっきの告白も、キスも、覚えていない。

 なのに、こうして自然に距離を詰めてくる。


「だ、大丈夫!熱ない!元気!元気すぎて死にそう!」


「どっち!?」


「いや、なんでも……」


 ごまかすように歩き出す乙羽の手を、羽瑠がそっと掴んだ。


 ふたりの手が、つながれる。


 それは自然で、だけど確かなぬくもりがあった。


「今日は……ありがとな」


「……え?」


「なんか、色々……服も……採寸も……あのボディスーツは許さないけど」


「ふふっ」


 羽瑠は、乙羽の手を握ったまま、目を細めて笑った。


 夕焼けに染まる顔が、少しだけ照れて見えた。


 乙羽は――その表情を見ながら、そっと胸に手を当てた。


(ああ、やばい。ほんとにもう……)


(……好きすぎて、幸せで、死にそう……)


 その想いは、まだ言えない。

 でも、羽瑠の手のぬくもりが、それをすべて包み込んでくれていた。


 ふたりの影が、寄り添うように、長く伸びていく。


 春の風に揺れるリボンとスカート。

 制服の裾がふわりと重なった。


 帰り道。

 まだ誰にも知られていない、小さな恋の“手のひら”が、

 確かにつながっていた。


(おわり)

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