第三幕:正確な採寸と、メモされた欲望
Étoile d’Amour――。
ロリータファッションの殿堂たるこのショップの、奥にある採寸スペースは、
まるで洋館のドレッサールームのようだった。
生成りの壁紙に薔薇の模様。
鏡は三面式で、レースのついたランプが柔らかな光を落としている。
店員たちの距離感も完璧で、邪魔せず、でもいつでも助けてくれる。
その空間の中で、羽瑠は壁際に立っていた。
――採寸用ボディスーツ。
母から手渡されたものと同じ、“採寸のための”下着のようなそれ。
薄くて、ぴったりしていて、伸縮性はあるけど隠れるところが少ない。
「やっぱ無理……これ、ほぼ裸じゃん……いや、裸より羞恥レベル高い……」
ぶつぶつ言いながらも、羽瑠は着替えを終えていた。
それは、店員さんが空気を読んで部屋を出たこと。
乙羽が“真面目にやる”と事前に三度誓ったこと――
そして何より、もう逃げられない雰囲気のせいだった。
乙羽は黒ロリ姿のまま、巻き尺とスケッチノートを手に現れた。
「いくよ。測り始めるね」
「……うん……」
呼吸を整えた羽瑠は、壁際のマーカーに背中を合わせて直立する。
「まずは肩幅」
乙羽の声は、思った以上に静かだった。
ふわりとメジャーが肩に触れる。
その冷たさに、反射的に息が詰まる。
「……んっ……」
「ごめん、冷たいよね。すぐ終わるから」
「い、今のは反応しただけで、別に……声じゃ……ない……」
そこから先は、戦いだった。
首周り。肩から二の腕。肘から手首。
メジャーが滑るたび、くすぐったさと羞恥で羽瑠は呼吸を乱す。
乙羽の手つきはやさしくて、でもとても正確だった。
測ってはノートに書き、また測り直し、確認する。
(……なんで、そんなに真剣なんだよ……)
(顔も近いし、手も……でも、すごく丁寧で……)
胸の上をメジャーが通るとき、羽瑠は一瞬だけ目を閉じた。
「……大丈夫?」
「う、うん……別に、なにも感じてないから……っ!!」
「そっか。じゃあ次、バストライン。動かないでね」
「言うなああああっっ!!その単語っっ!!」
脇の下をくぐるメジャー、ぐるりと胸を包む布の感触、
そこに添えられた乙羽の指先――それが優しすぎて、逆に堪える。
「……ん、……く……」
自然と出てしまう声を、羽瑠は必死に飲み込んだ。
(やば……。今、変な声出したら終わる。絶対、負けたみたいになる……!)
そんな羞恥の連続の中、乙羽は本当に一言もふざけなかった。
測り終えたら記録。目はノートに。視線は真っ直ぐ。
そして、次の地獄――股下。
「脚、少しだけ開いて」
「え、え!?どこ測るの!?」
「股下。丈の調整に必要だから」
「む、無理!!ちょっと待って心の準備が!!」
「大丈夫。触らない。絶対。見ないし、呼吸も止める」
「息はして!死なないで!」
測定が進み、ついに最後の一部――ヒップラインへ。
背後から巻かれるメジャーと、腰に軽く添えられた指。
羽瑠は、もう半泣きだった。
そして、乙羽が記録を書きながら、そっとノートを置いた瞬間。
羽瑠の視線が、偶然、そのページに滑り込んだ。
「……ん?」
そこにあったのは、測定データ――
だけでなく、そこに混じる、手書きのコメント。
『おっぱい、かわいい』
『肩のライン、芸術』
『太もも、すごく良き』
『恥ずかしがる羽瑠→めちゃくちゃかわいい』
『おしり、おしり、おしり(3連)』
「……………………はぁ?」
羽瑠の目の色が変わった。
「おい。おまえ」
「ん?あ、はい?いまサイズ書いてて――」
「これはなんだ、乙羽ァァアアアア!!!」
「わっ!?なになに!?見たの!?ノート見たの!?ちょっと待って落ち着いて!!」
「落ち着けるかっっっ!!!てめえぇぇ、真面目な顔して、こんな欲望書きやがってぇぇ!!!」
「でも!採寸は真面目にやったよ!!書いたのはついでで!!データはちゃんと書いてあるからっ!」
「知らんわあああああああっ!!!乙羽ノート、即・焼却処分!!」
「やめて!これ、3日徹夜で描いたやつだからっ!!」
採寸スペースに響く、羽瑠の叫び声と、乙羽の必死な弁明。
店の奥にいた白ロリと黒ロリ店員が、そっと目をそらしたという。
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