第二幕:朝ごはんはご一緒に。正式採寸、命令です
朝。
羽瑠は、重いまぶたを押し開けながらキッチンへと足を運んだ。
眠い。
というか、疲れた。心が。
なぜなら昨夜――いや、正確には深夜二時半。
巻き尺を持ったロリータが、部屋に忍び込んできたからである。
あの夜は、一生忘れない。
「……昨日の夢じゃないよな……。体感、ホラー映画だった……」
軽く頭を振りながら、ダイニングへと入ると、
そこにはもう母が朝食を並べていた。
そして――なぜかその対面に、乙羽がいた。
「……は?」
完璧な黒ロリ。三つ編み。ブーツを脱いで正座。
食卓には「おはよう」の空気すら漂っている。
「おはよ、羽瑠」
「なんで“おはよ”が言えるんだよお前っ……!!」
羽瑠は即座に箸を叩きつけ、指をさす。
「昨日のこと、どの口が忘れてんだ!?寝込み襲われたんだぞ!?」
「いや、測ろうとしただけだよ?」
「“だけ”の意味が迷子なんだよ!!」
そんな羽瑠の怒号を、朝の食卓は軽やかにスルーした。
「ごはん食べてからにしましょうね〜。今日は栄養満点よ」
母の声は、相変わらず甘ロリに包まれている。
ピンクのリボン付きカチューシャが今日も無駄に揺れていた。
朝食はオムレツと焼きたてパン。乙羽はもぐもぐ食べている。
羽瑠は心底納得いかないまま、席に座った。
……しかし腹は減っているので、オムレツを食べる。
しばらくして、母がさらりと告げた。
「乙羽ちゃんが、そんなに熱心に羽瑠のサイズを知りたいなら――ちゃんと採寸しなさいな」
……瞬間、空気が止まった。
「……は?」
「Étoile d’Amour、予約してあるの。採寸スペースも借りてるわ。今日の午後ね」
「話が早すぎる!!」
「ママの行きつけだから融通効くのよ〜」
「そういう問題じゃないっ!!」
横で乙羽が口に手を当てて、くすっと笑う。
「安心して。今日は正式だから、夜襲わないよ?」
「“夜襲わない”って言葉がもうダメだからな!?ほんとに!!」
羽瑠はバターを塗ったパンに噛みついた。
もはや戦う気力もなかった。
(……ていうか、母親が一番の元凶じゃん……)
でも、ママも乙羽も、悪気がないのが一番タチが悪い。
このままじゃ一生、振り回され続ける……。
それでも。
ふと、乙羽のノートの中にあった**「羽瑠のためだけの一着」**という言葉を思い出す。
(……ちゃんと測って作る、ってことだよな。昨日のは最低だったけど……)
ぐるぐる考えて、ため息をひとつ。
「……今日の午後、だよな」
「うん!」
「……一回だけだからな。変なことしたら、ぶっ飛ばすからな」
「もちろん!今日はマジで、ちゃんとする!」
それを聞いて、乙羽は本気で嬉しそうに笑った。
その笑顔に、羽瑠は一瞬だけ、少しだけ――目を逸らした。
(……あの顔されると、断れなくなるからズルいんだよ……)
その日、羽瑠は制服の上にカーディガンを羽織って出かけていく。
心なしか、襟元のリボンを母がきっちり結んでくれていた。
午後、採寸決行。
羞恥と測定と、信頼の始まりが、そこから始まる。
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