Episode.10...Dual the moon...that sun likes water as the flower.
「綺麗だ」と呟いたその瞬間、闇に光るネイルみたいに妖艶なイルミは点灯した。冬の街、エアポートの航空機の喧騒。多分、僕たちはもう旅立つまでのリミットが迫っている予感がした。人生のデッドラインに沈んでいく空気。フェールセーフを作らないと生きられない命綱を造る僕らの人生は、冬の僕たちが沈んでいくだけの気分と似ていた。液状高分子に沈むドライフラワーの気分を考えてみたことはあるだろうか?多分、冬の僕らと一緒だ。生きていくだけの命綱だけを造る理由すら他人に頼って生きていかないといけない死んだ屍と一緒なんだ、とすら僕は感じた。
「マキナ」僕は言った。「君は、どうするんだ?君に理由を預けるわけじゃない。真似や模倣をするつもりもない。単に君の思う理想って何なんだ?」
「あたしは普通のOLになるよ」マキナは悲しそうに言った。何が悲しいのだろう?「違うの。今は、将来があまりにも地面を踏みしめる安定さを反面教師の貴方から得たから悲しくなっただけ」
「そう。アグレッシブに挑戦することこそが生きる目標と言う訳じゃない。僕は僕を試すために生きている訳じゃない。勘違いしないでくれ」達郎は言った。「あそこにドライフラワーが氷の彫刻として飾ってあるみたいに、僕は誰にも干渉されず、影響されないまま僕を保っていたいから、生きているだけなんだ。僕が影響を与えたなら、アグレッシブな人生か、また別の人生を生きていけばいい」
「そういうんじゃなくって」マキナは言った。「あたしには生きていくだけの理由はそもそもないの。無個性もヤダ、人生に個性が欲しいと言うアンタみたいな自我のある生き方にあこがれるけど、それだけでは生きていけない。何故貴方は生きているの?」
「僕は少年のままなんだ。バイブスが高いまま、エントロピーを下げ、干渉してくる他者に乱されず、一種のバイアスを抱き、僕は僕らしさを僕に求めている。だから誰にも干渉されたくないとだけしか願わない」
「強いね」
「強くないよ。負けそうになる時がある。他人のタオルケットみたいな安寧を羨ましく思う時がある。ほら楢の木にイルミが」
朽ちたビルの看板にはイルカのネオンサイン。ボロボロのコートを着たやせぎすの男性と少女がとぼとぼと歩いていくのが見えた。
夢の中のマキナは美しかった。目が覚めると、汗ばむ肌と荒い息遣いだけが現実に残されていた。脳内のスクリーンに映し出されたその映像は、彼女が去った後に残した心の傷跡が、無意識のうちに形を取ったものだったのかもしれない。
『Air Cloud Spotっていい名前ね』とあの時言った由真の声が心に響く。その声は、ぽっかりと空いた心の穴に再生されるように蘇り、彼の中に残る未練と幻想を揺さぶった。放心とも解脱とも言える感覚の中で、彼は力を失い、ただその声の余韻に浸るばかりだった。
影送りの遊びを思い出す。ちいちゃんの影送りのように、彼女の存在もまた、光と影の狭間で揺らめきながら、彼の記憶の中に送り出されていく。轟音が鳴り響き、飛行機が空へと飛翔する。その瞬間、彼は思う。由真もまた、空高く飛び立つのだろうと。
矢沢との会話は、彼の心を冷静にさせる一助となった。『由真に幻想を抱きすぎたんだ』という言葉は、彼の胸に刺さりながらも、どこか救いのように響いた。彼は頭を切り替え、由真の夢を尊重しながら、自分自身の道を探す決意を固める。
由真は「Air Cloud Spot」から旅立ち、未来への希望を胸に抱いている。彼もまた、鵲の友達という肩書を捨て、新たな自分を見つける旅に出る時が来たのだ。彼の心に残るのは、由真の声と、空へと飛び立つ飛行機の勇姿。それらが彼の背中を押し、未来へと歩み出す力となるだろう。
この都市は福岡市から外れた北九州市で、一応船で都心の学校に通っている連中もいるが、私は市の学校を選んだ。学習レベルが十分だと思えたからだ。理系もTop Level Scaleでさすが都心に近いだけある。それだけ都心の学生は知的なのだろうか。分からないが、行きたくなる由真の気持ちは分からないでもない。それだけでもないのだろうけれど、Italyで弁護士の夢を追いかけるには、そこまでしたい、という気持ちも確かにあったかも知れない。
細川さんは、私が告白したが、結局今そういう事考えられないし、将来の事もあるから、一概に決められないけど、それでも良いのであったら、という返事だった。そこまで考えている人にこれ以上、無理に付き合わせる事は無いだろう、と判断した。
決裂。当然の成り行きだった。
そして、来月から新しい生徒がやってくるのだ。俗に言う転校生である。
「Hey , Hello.エリザと言います。宜しく!おっかっこいい男子居るじゃん」
「すいませんが男漁りをせず、席について下さい。彼女がElizaさんと申します、皆さんもこれからも宜しくおねがいします。それでは席は鵲さんがいた席でお願いします」
「おう、宜しく。イケメンさんの矢沢さんって言うんだね。Bagに名札つけてるから分かった。後その辛気臭いのは?」
私の事を言われたのだろうか。心外である。
「心外だな。初対面早々何てこと言うんだ。私は、鍋島達朗という。宜しくな」
「それじゃあ、宜しくね。鍋島君」
鵲の自己紹介から始まったあの言葉に似ている。それは、日常に埋もれてしまいそうな何気ない一節であったが、いつの間にか胸に刻まれている。細やかな挨拶の儀礼も、時の流れに曖昧さを増していくが、大切なのはその言葉が映す「目線の高さ」だと知った。
秋の風は穏やかに冷たく、屋上の空気が冬の訪れをそっと知らせる。「寒い?」と問いかける声に、自分の学生服をそっと肩にかける仕草が答えになる。冷たさは身体だけでなく、心にも忍び寄るけれど、「氷で出来た空間が美しい」と語る彼女の言葉は、その冷たささえも愛おしいと教えてくれた。
エリザと繰り広げる何気ない会話の中で、「恋」という一言が、不意に軽やかな風を運んできた。恋には理由はいらない。嘘も真実もない。ただ、ひんやりとした秋の空気と彼女の微笑みが、そんな曖昧な境界を優しく包み込む。
やがて時が進み、秋が冬へと変わる。「空が泣いているみたいだ」と冬の雪を語る達郎の一言に、彼女が「夏の雨よりずっと好き」と返す。そうした言葉のやりとりの中で、自分の氷空が凍てつく音を聞いた。彼女の思考の中にあるその「温度」、冬の美しさを愛する感情は、まるで無理をしないでいるような自由さを持っている。
会話がふと途切れた時、彼女が少し微笑みながら、こう言った。「冬の静けさは、心を覗き込む鏡みたいだよね」。その言葉に返す言葉は、ただ一つ。「そうだね。僕の空もきっと、冬だったのかもしれない」。
時は流れ、寒さもやがて限りを見せるだろう。その時が来るまで、冬の中で織りなされる会話と沈黙の中に、自分自身を見つめ続けるのだと思った。
一緒に流れる歩道。歩く雑踏。樹木の列にはイルミ。
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