第2話 私は1200円の女だった



気まずい沈黙。

氷がカラカラとグラスの中で鳴るだけ。

誰も笑わない。誰も私を見ていない。




入店してすぐに現実とぶつかった。


——知らない人と、何を話すの?

—— 誰も見向きもしない私の声


 





「……おい、可愛くない。お前変われよ」

「面白くないなら、アカペラで歌えよ」




今まで生きてきて言われた事のない

心のないストレートな言葉が飛んでくる。

大人の男が真顔で言ってくる。



——人は外見じゃない、なんて綺麗事は通用しなかった。






不向きだった。無価値だった。

自分の存在を否定された気持ちになった。







だけど、なのに、


私はとても負けず嫌いで

絶対に見返してやりたい。と

このバイトを続けることを決意した。







18歳なんて年齢は関係ない。

容赦ない言動。

その場で泣いてしまった事もあった。


ただ、涙なんて通用しない。

甘くはないとすぐに思い知らされた。






とにかく今できる事をしよう。

絶対に必要とされる存在になろう。




「会話 一覧」と検索し話題をストック。


ご来店されたお客様の情報はもちろん

会話の全てを細かくノートに書いた。

似顔絵まで。





とにかく馴染みたい。そんな一心だった。


 





嫌な言葉を浴びる事にさえ慣れた頃

少しずつ、ほんの少しずつ。



「また来たよ」

そう言ってくれるお客様が現れはじめた。


 




がむしゃらにしがみついていた。

気づけば10ヶ月が過ぎていた。






同じバイトの女の子たちとも

次第に仲良くなって

いろんな話をするようになった。




同世代で働けて楽しかった。

——けれど、そこでまた私は現実を知る。


 




「え、みんな1500円とか1800円なんだ」

「……私だけ1200円だったんだ」


同じ時間、同じ仕事、同じ空間。

でも私だけが、最低ラインの時給だった。




恥ずかしかった。虚しかった。

誰にも言えなかった。

心がズキズキと痛んだ。


 

いくら努力しても

会いに来てくれるお客様が増えても

他の女の子たちより稼げないんだ。と。







そして追い打ちをかけるように

あの頃流行っていた“2ch”で事件が起きた。



「お前、彼氏いるよな?2chで見たよ」

そうお客様に言われ

私は急いで書き込みを探した。







——あった。

バイト先の女の子にしか

話していなかったことが書かれていた。




誰が書いたかなんて、すぐに分かった。


でも彼女は

何もなかった顔で私に話しかけてきた。

その平然とした“顔”が、何よりも怖かった。






そこは

「同世代で楽しく働くバイト先」

なんかじゃなかった。



どんどん書き込まれる掲示板。

離れていくお客様たち。




私は仲良しごっこをやめることにした。

仕事場は友達を作るところではない。

お金を稼ぐところ。

だから友達はいらない。




夜の世界は普通じゃなかった。


池袋を去る日が

静かに静かに近づいていた——。

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