第10話 紫月も友達が出来ました(後編)

さて、いよいよ、お点前から、濃茶を頂く作法の練習に入る

詩子が、お茶をて始めた、凛と姿勢で淀みのない動き、

(なんて美しいお点前……)

点て終わり、どうぞ、と琴音の前に差し出される、琴音は詩子に

「お点前頂戴いたします」

と、茶碗を持ち、紫月に、

「お先に……」

と、伝え、茶碗を掌の上で回し、口にした、すると……

(な!……何⁉このお茶⁉スゴイ美味しい!)

危うく、一口で飲み干しそうになったが、なんとか三口で飲み終えた。余韻の深さに自然と笑みが零れた、(美味しかったぁ……)

気を取り直し、飲み口を、指で拭い、茶碗を拝見する、落としても割れない位置で見るのが礼儀なので、膝に、肘をのせ鑑賞する、琴音は、あらためて驚く、

「ぅ、詩子様、これは、私のおじい様の作ですか⁉」

詩子は、ニコリとし、

「さすが琴音さん、すぐに分かりましたか、そうですよ、桔梗院 炫翠先生の作です。私のお気に入りでもありますよ」

琴音は、ゆっくりと、茶杓、なつめ、を拝見する……と、

(ど……どれも、重要文化財クラスの逸品では、ありませんか……あぁ)

「琴音様は、目利きも十分に出来るようですね、それは人を見極める時にも大切ですよ、たとえば、この茶碗も……」

と、詩子は茶碗を片手で持ちフリフリさせ、

琴音(ぁ、あわわわ)

「価値の分からない方からすれば、合羽橋の道具街で、良い感じの茶碗を見つけたんだな、くらいでしょうし」

詩子は次に、茶杓を親指と人差し指でつまみ、プラプラさせ、

琴音(な、ななな)

「価値の分からない方からすれば、これも、ただの棒っきれか、デカく変な耳かきにしか、見えないでしょうね、琴音様のおばあ様の真意は計りかねますが、そういったことを伝えたいのでは、ないでしょうか」

「モノの価値……」

続けて詩子は、

「『紫庵』では、コーヒーをお出しする時には、『ウエッジウッド』で、紅茶は『マイセン』で提供いたします、もし紫陽様が丁寧に自ら豆を厳選し焙煎して、お淹れになったコーヒーを、紫苑様が茶葉を選び、温度と時間を計算して淹れた紅茶を、

『紙コップ』

……で出したら、どうなるでしょうね……あぁ美味しいねってだけで、『感動』を生むことは、まぁないでしょう」

「た、たしかに……」

「よく私は、『なぜ茶の湯の茶碗は、あんなに高価なのか?』と尋ねられることが、ありますが、私は魂の対価みたいなものと、思っています。作り手は、命、魂を込め創ります、琴音様は、おじい様の、お父様の仕事を、直に見てきたから、よくお分かりでしょう、付喪つくも神さまも、いますしね」

「は、はい仕事をしている時の、祖父の目、父の目は、特別な『気迫』を感じました。それは修行中の弟の目にも」

「あと琴音様、お茶を口にしたとき、たいそう素敵な笑顔を見せてくださいましたね、あれはどうしてです?」

「あ、はい、お茶が、あまりにも美味しくて、つい……」

「私は、あの笑顔を見た時、とても嬉しかったですよ、おばあ様との稽古のときには、笑顔は見せないのですか?」

「あ、あまりにも萎縮してしまって、味わう余裕がないというか……あぁ」

「今度のお稽古の時は、作法も、大事ですが、ぜひおばあ様の『おもてなし』を、味わってみては?さっきのような笑顔を見たら、お悦びになると思いますよ、ふふ」

「は、はい、ありがとうございます!」

このあと三人は、茶室で軽く会話を交わし、レッスンは終わった。テーブルでは、紫陽と紫苑、初音が何やら盛り上がっていた。

詩子(まったく紫陽様と紫苑様は……あとでお小言ですね……あぁ)

琴音は母を見て、

「あら、お母さまの、あのように笑う御顔、初めてみますわ。すごい楽しそう、うふ」

詩子(……今回は、不問といたしましょうか……ふう)

初音と琴音は、ドアの前に立ち、「みなさま、本日は、御協力大変ありがとうございました。私たち二人にとって、大変有意義な時間となりました、失礼いたします」

詩子は、

「初音様、また近いうち、お食事行きましょうね」

「ええ、是非とも近いうちに」

紫月は、

「琴音様、本日はお疲れさまでした、おうちでの、お稽古もうまくいきますように」

「紫月様、とても有意義な時間が過ごせました、心機一転、また励みますわ」

「その意気ですよ!」

「……ところで、紫月様、兜塚様は、どちらに……?」

「あ、はい、私が、パティシエの兜塚です、初めまして」

「初めまして、桔梗院 琴音と申します、ムッシュの『桔梗の練り切り』美しくて、とても美味しかったです、大変感動いたしましたわ。ご相談ですが、事前にお伝えすれば、お持ち帰りは可能ですか?家族みんなで味わいたくて……『桔梗院』の家族で」

「もちろん、お安い御用ですよ、紫月様にお伝えいただければ!」

「ありがとうございます」

そして親子は帰路に着いた。


何日か過ぎ、午後、休日の『紫庵』で新しいスイーツの試作の日、詩子のスマホが鳴った。相手は初音だ、

「あら、こんにちは、はい、はい、ええ大丈夫ですよ、待ってますわね」

少しして、初音が店を訪れた

「ごきげんよう、休日に、すみません、これはつまらない物ですが」

「これはご丁寧に……あら、まあ『松雲堂』さんの!」

「中身は、おはぎですわ」

詩子はカウンターに行き、

「櫻井さん、頂きましたわ、預かってくださる?」

「さ、初音さん、、こちらのテーブル席にどうぞ」

「ありがとうございます」

今日の初音は、着物ではなく、夏らしい水色の洋服だ、すると櫻井が、お皿におはぎをのせて、

「おもたせで失礼します」

おはぎの皿が、初音の前に置かれる、同じくして、詩子が来て

「お茶をどうぞ」

「では、初音様、おはぎ頂きますね、んん、美味しいぃ」

「私も頂きます、あぁこれですわ、美味しい……」

初音はお茶を口にした、すると、

「あら、すごい、渋みのあるお茶……でもおはぎでバランスが取れている……」

「おはぎと聞いたので、渋みのやや強い『狭山茶』を選びましたの」

「和と和ですが、見事なマリアージュですわ」

「ふふ、ところで、ずいぶんご機嫌なご様子ですけど、何か、ございましたの?」

初音は満面の笑みで、

「御義母様が、琴音を認めてくださいましたぁ~~」

「あらまあ、よかったですわね!」

「この前のレッスンのあとの最初の御義母様との、お稽古の時でした。私も少し心配でしたので、部屋の隅で見学させて頂きました。いざ稽古が始まると、別人のような凛とした気配が出てて、前なら、畏れ、萎縮していたのに。御義母様の所作・お点前をしっかり見据え、仕草も全て淀むことなく、こなし、そして、お茶を飲んだ時……『とても美味しかったです……』と……御義母様は驚いたご様子でした」

(私の思い、教えが、琴音様に届いてよかったわ)

「御義母様は涙ぐみながらも、微笑んで『さあ、次の段階に進みますからね、覚悟してなさい』って言って、部屋を出て行きましたわ、ふふ」

「もう琴音様は、大丈夫ですよ、体と心に一本の強い芯が出来ましたから」

「詩子様、重ね重ね、ありがとうございました、そろそろお暇させいただきます」

すると、パティシエの兜塚が、

「初音様、お待ちください、お嬢様から仰せつかってた、練り切りを、こちらに御用意しました、お持ちください」

「あら、まぁ、ありがとうございます。お代は?」

詩子が

「私たちからのお祝いです、御納めください」

と、にこりと微笑んだ。

「では、みんなで一緒に頂きます。失礼します」


学校は放課後、今日は『紫庵』はないので、紫月は図書館にいた、ここ凌雲館高校の図書室の蔵書数は都内の高校の中でも随一だ。なかなか手に入らない蔵書もあるので、お気に入りの場所だ。満足したので、帰路に着く、いつもの河原の沿道を歩いていると、後ろから気配がする、相手は一人のようだ。今の私は、一人だ、心が臨戦態勢に入った、

「あ、あの、ごきげんよう、紫月様」

紫月はキョトンとし、安堵した。

「紫月様‼‼紫月様と、詩子様のお陰で、おばあ様に認めてもらえました‼」

紫月は、琴音の手を握り、

「やりましたね!おめでとうございます‼」

「はい!ありがとうございます」

「じゃあ、何かお祝いさせてください!私に出来ることでしたら、なんなりと!」

「なんでも……ですか……?」

「ええ、ええ!」

琴音は、少しモジモジしながら、

「……で、では、私の……(言え!琴音!おばあ様にも出来たでしょ!)……お、お、お、お友達になってください‼‼‼‼‼‼」

「……え」

「……前からずっと、貴女に憧れて、遠くから見ていることしかできませんでした、でもこの前のレッスンのあと、もっと紫月様を知りたい、仲良くなりたい、お友達になりたいって、想いが強くなってしまって……」

紫月の美しいむらさきみどりの瞳が揺れた……紫月は、

「琴音様、日本の伝統色に『桔梗紫ききょうむらさき』があるのは御存じですか?」

「えぇ、存じ上げております。平安時代より愛される、綺麗な青紫色ですね」

「私たちは、ふるより、色で出逢っていたのかもしれませんね。是非私からもお友達になって頂けますか?、琴音様」

琴音の表情が、パアっと華やいだ。続けて紫月は、

「せっかくお友達になったのですもの、様付けは、無しですね、かと言って、『ちゃん』付けは周りの目がありますので、お互い『さん』付けにしましょう。

「異論なしです」

「琴音さん、これから、よろしくお願いいたします」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

そして二人で見つめ合い、クスクス微笑わらった。

「あ、そうだ、紫月さん、向こうの公園のそばに、新しいクレープ屋さん出来たそうよ、一緒に行きません?」

「是非是非!お友達記念日ですわ!」


この日、琴音と一緒に食べた『チョコクレープ』の味を、紫月は、一生忘れないだろう





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