第9話 紫月も友達出来ました(前編)

 7月も、まだまだ暑い黄昏時、燦之宮家の三兄妹は、『紫庵』に向かうため、三人で歩いていた。遠巻きに信者(?)からの視線は熱いし、すれ違う生徒からは、

「紫陽様、さようなら」

「あぁ、さようなら」

「紫苑様、また明日」

「うん、じゃあね」

「紫月様、ごきげんよう……」

「はい、ごきげんよう」

などなど、三人と少しでも、接触したく、声を掛けてくる。三人は、もう慣れっこなので、あまり気にした様子はない。すると、三人の後ろに、一人の少女がいた、『桔梗院ききょういん琴音である。彼女は、今朝、母から、

『良いですか?琴音、今日は、学校で、紫月様に、個人レッスンの予定を入れてくれた御礼を、ちゃんと、自分の言葉で伝えるのよ!』

……と、申し付けられていた。

琴音は、ふう~、っと、深呼吸し、

「ぁ、あの燦之宮様!」

すると、

「ん?」

「はい」

「どなた様ですか?」

え、えぇ~~~⁉三人とも振り返った~~~⁉

※当たり前である、三人とも『燦之宮』である。

琴音は小さくカーテシーを、して、

「お初にお目にかかります。紫陽様、紫苑様、紫月様、桔梗院琴音です。この度は、私の御茶の稽古をつけて頂くお時間を割いていただき、ありがとうございます。稽古の場所までご用意いただけるとは」

琴音は、母親譲りの艶の美しい緑の黒髪のボブヘア、透き通るような、白い肌、着物が映えそうな、スマートなシルエットをしていた。

「はじめまして、私は長兄の紫陽です。まぁ、あまり緊張しないで、はは」

(緊張するなって、この三人相手に無理ですよぉ……)

「こんにちは、次兄の紫苑です、よろしくね」

「こ、こちらこそ、よろしくお願い、い、いたします」

「紫月です。今度の稽古というか、レッスン楽しみましょうね、ふふ」

「は、はい、紫月様!」

紫陽は、

「先生の詩子さんは、俺らには手加減ないけど、女の子には、優しいから、安心し来なね」

「はぁ、……それは、お兄様二人が、悪さするからでしょうに……」

紫苑は、

「……いや、僕、たいがい巻き添えだからね……」

すると、琴音は、クスリと笑い、

「本当に仲が、お良ろしいのですね」

三人と、手を振り別れ、琴音は、三人の後ろ姿を眺めながら、少し惚けた、夢見心地な気分だった。

(なんて素敵な方たちなのでしょう……誰でも魅了されますわ……)


そしてレッスン(稽古)当日、初音と、琴音が美しい着物を着て『紫庵』を訪れた。

紫陽が、

「ごきげんよう、初音様、暑い中、よくいらしゃいました」

「本日は娘のために、この様な場をもうけて頂き、ありがとうございます」

「ほ、本日は宜しくお願いします!」

「すぐに始めるのも、せわしないですから、そちらのテーブル席でくつろいでください、いま御冷をお持ちしますので」

今日の紫月は薄翠の着物だった。

(わぁ……紫月様綺麗……)

ほどなくして詩子が、

「……では、そろそろ始めましょうか」

亭主役の詩子の準備も整い、レッスンが始まった。茶の湯の客の最も上座に座る、最重要な役割を担う『正客しょうきゃく』を琴音が、次客じきゃくを紫月が担う。琴音がにじり口の戸を左手で半分開け右手で残りを開く、扇子を置き、にじりながら入る、入室までは、キチンと出来ている。掛け軸に目を遣る、

日々是好日にちにちこれこうじつ」禅の言葉、茶の湯では、季節や状況に合わせて、茶道具や、手順が変化する、それを「日々是好日」の精神で、それぞれの変化を味わうことで、より深い茶の湯を理解できる、とのことでしたわね……

「なんて優しくあたたかい字……」

「そちらの掛け軸は、『竹内紅鷹たけうちこうよう』先生の書ですよ」

(⁉⁉に……人間国宝の先生じゃありませんか!)

ドキドキしながら、部屋を見渡し、釜や茶道具を眺めた、

(……どれも趣きのある逸品ばかり……)

菓子が目の前に出された、

「本日は、練り切りを御用意いたしました」

(⁉ウソ、桔梗だ……綺麗……)

もしここにKYなJKがいたら、バシバシ写メ撮って、ガシガシSNSにアップしてるだろう。琴音は、

「お菓子を頂戴いたします」

取り出した懐紙に桔梗を一輪移し

あぁ、食べるのがもったいない……と、菓子きりで切って、口にすると、

(ん~~~!美味しすぎる‼)

琴音の表情を見て、詩子は、

「そちらは、当店のパティシエ、兜塚が『今日』の為に作りました。なんでも7月は『桔梗』が美しい季節だからとか……」

「一期一会……私のために……」

詩子は静かに頷いた。


一方少し時間を戻し、こちらは……

紫陽が、

「稽古が始まりましたね、『紫庵』の茶室は草庵造りなので、亭主と客二人しか入れないので初音様、こちらでおくつろぎください」

「ええ、ありがとうございます」

「……ところで、初音様は……」

紫陽「コーヒーと」

紫苑「紅茶」

「どちらが、お好きですか⁉」

「……うーん、どちらかと言われれば……コーヒーですわ!」

(よっっっっっっっっしゃ‼‼)

(…………っち)

「今回は、何を召し上がりますか?」

「今日は此処『紫庵』の『カフェラテ』がいただきたいですわ」

「なにか含みのある仰り方ですね」

「……うん実はね二年前、御義父様たちも含め、家族全員で、イタリア旅行に行ったんですの。そこでね現地の人にも評判のカフェ・バールに行ったの、それで看板商品のカフェラテを頼んだのだけれど……」

「……美味しくなかった?」

「いえ、おいしかったですわ、『普通』に、ラテアートも綺麗だったし、何だったのかしら、こちらの期待が大き過ぎたのか、『感動』が、なかったんですわ……それで、ふっと思い出して、『紫庵』のカフェラテを頂きたいな、と」

(ひひ、紫陽のハードル上がったねぇ)

「まあ、難しいですよね、ベースのエスプレッソの量、加えるミルクの量、こう言ったら、身も蓋もありませんが、その方の『好み』になってしまいますからね」

紫陽は、袖をまくり直し、

「では、少々お待ちください」

ベースとなる、エスプレッソのマシンの電源を入れ、そして、抽出している間に、ミルクジャグを準備し……完成!

出来上がったカフェラテとミルクピッチャーをトレイに乗せながら、

「僕は提供する時、あらかじめ、生クリームを入れたミルクピッチャーも添えます、そうすれば、アレンジがきく、では、どうぞ、マダム」

ウェッジウッドのソーサーに乗せられたカップが置かれた。初音は、アートをまじまじ見つめる……ん?……カップの上の丸いキャンバスには、「寿司屋の湯呑」のようなものが、どかん!と描かれていた……初音は笑いが堪えきれず、

「ぶ、な、なんで……ラテアートって言ったのに、コーヒーにお茶描いてるの、くふ!もっと可愛いの描いてくださいな」

「はい、今日はお茶の稽古なので、これが思いつきました」

紫苑(何気にツボった……)

「じゃあ、せっかくですから、熱いうちに頂きますね……ああそうだ、お砂糖頂いて良いかしら?私、コーヒーは甘くして飲むんですの、お行儀悪ですが」

「いえいえ、全然お行儀悪じゃありません、普通のエスプレッソも一口飲んだら、あの小さいカップに砂糖を三杯くらい入れて飲むのも普通ですし、ブラジルでは、カフェジーニョって名前で小さいカップでコーヒーを甘っっっっくして飲むんですよ。僕も現地で頂きましたが、すごい文化だな思いましたよ」

初音は、カフェラテを一口飲む、すると……

「紫陽様!すごい!すごい美味しいですわ……なにこれ、感動……」

「喜んでもらえて恐悦です、よし!イタリアの名店に勝ったぞ。はは、

紫苑は、ラテアート……どうだできるか?」

「失敬な、なら一つ作らせてもらうよ」

そして少しして、

「どうぞぉ、ご覧ください!」

紫陽と初音は、ラテアートを見つめ、二人口を揃えて、

「すごい‼‼ひまわりだ!」

「これから八月、この子が主役の季節だよ!」

「たしかに、これから、この元気をくれる子が、主役ですわね」

紫陽は腕組みし、顎に手をかけ、

「なるほどな、ありがと紫苑、さっそく『パク』らせてもらう」

「……は⁉っっって、おい秒でパクってんじゃないよ!プライドないのかね君は⁉」

「……は?プライド⁉お客様が喜んでくれるなら、そんなチンケなもん……相模湾にぶん投げてやるわ‼‼」

(そこ東京湾じゃないんだ……)

「初音様も何か言ってやってくださいよ」

「し、紫陽……様」

(だめだ……女の顔になってる)


三人の様子を、最初から見ていた、門脇・兜塚・櫻井の三人とも

「私、何か言いたいのですが……」

「うん、僕も多分同じ意見……」

「多分俺も……」


ここ……ホストクラブかよ‼‼⁉










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