第8話 娘を憂う母

六月も終わり、暑い七月に入りました。そんななかcafé『紫庵』は、相変わらず店内は、紳士淑女で賑わっていた。紫陽の淹れる芳醇な珈琲、紫苑の淹れる香り高い紅茶、数々の珠玉のスイーツたち

客層も錚々たる顔ぶれである、国会議員、大病院の院長、大企業のCEO、歌舞伎役者の重鎮……基本的に一見さんお断りである

そして『紫庵』の店内には、隅に小さい草庵造りの茶室がある。今夜はすみれ女史姿の、紫月が御常連の「桔梗院ききょういん初音はつね」を迎え、おもてなしをしていた、初音は、緑の黒髪を結い、肌は白く美しく、細い体を包む水色の着物も、凛としていた。紫月が、

「御加減はいかがでしょうか?」

すると、初音は、

「たいへん美味しゅう御座いますわ……余韻がすごい」

「このあと水菓子ですが、何かご希望ございますか?」

「じゃ、じゃあ、あのガトーショコラを……」

紫月はニコリとし、

「では、ただいま御用意いたします……」

すると、ほどなくして、着物に上品な真っ白の割烹着を着た、「久恩寺詩子くおんじうたこが、ガトーショコラを持ってきた、

(紫月のすみれ女史姿と詩子の割烹着姿は、日本人のお客様にも、かなりウケるが、外国からのお客様だと、その反応は絶大である……)

「いらっしゃいませ、初音様、本日も御来店ありがとう御座います」

「こんばんわ、詩子様、すみません、私、師範なのに、和菓子でなく、洋菓子を選ぶなんて、宗匠の詩子様に、こらっ、て怒られますね、ふふ」

「いえいえ、本格的な席でしたら、そうでしょうけど、『紫庵』では大丈夫ですよ」

詩子は、にこりと微笑む。

紫月は思った、

(は、初音さん、可愛い……)

詩子と初音は、仲が良い、詩子が燦之宮家に仕える前からの知り合いらしい、一緒に修行した時代もあるという一応、流派は違うが、それぞれのおおもとは、『三千家』の一つである。すると詩子が、

「初音様、何か御悩み事でも、ございますか?」

初音は、少し、はっとして、

「は、はい、実は娘の事でして……」

詩子は、頷き、

「初音様、このあと少々、お話する時間ございます?」

「あ、はい旦那様は、今夜は遅くなりますし、娘たちも習い事で帰るのは、まだですので」

「承知いたしました。今日は多分、すぐにお客様が引けると思うので、少々お待ちください」

…………あっというまに、引けた……「CLOSED」の看板を出し、話しやすい様に、テーブルに移動してもらう、詩子と初音が、腰を掛ける、すると、初音が、

「紫月様も座って頂いて宜しいですか……?」

「あ、はい……」(なぜ私も……)

「まず、当家からお話します。当家の祖父『桔梗院ききょういん炫翠げんすいは、次期、人間国宝と目されている御方です、祖母は、晶子まさこー千家の桔梗院流の先生です。夫は、幼少より、祖父に師事し、次期、窯元筆頭です、当然、茶の湯も祖母より手ほどきを、受けていましたが、陶芸の道に進ませました、ですが祖母は、茶の湯を絶やしたくなかった……」

「……そこで、初音様に白羽の矢が立ったと……」

紫陽・紫苑(でた‼‼めちゃくちゃ面倒くさい御家庭‼‼)

「はい、陶芸家の次期窯元と結婚し、御義母様の茶の湯を絶やさないようにしないと、……もう、昼ドラのような、すごい光景が広がるのかと……ところが、御義父様も御義母様も大変優しく迎い入れてくださって……と、とくに旦那様には、とても慈しんでくださって……」

紫陽(……おい紫苑、サラッとノロけぶち込んできたぞ……)

紫苑(……天然なのかのねぇ)

「そんなに幸せなら、どうしたのです?」

「実は悩んでいるのは、子供についてです、私には15歳の娘と、13歳の息子がいます、息子は、陶芸の道を選び、御義父様と旦那様がご指南頂いて、息子は、毎日が楽しいみたいです、……対して茶の湯の道に入った、娘の「琴音」は、いつも祖母から、厳しく、というか、度が過ぎているようにすら見えて、結婚して娘が生まれるまで、私もお稽古をつけて頂きましたが、特に怒られることなくいたので、そのギャップが……」

「ふむ、初音様は、茶の湯は見事な才をお持ちですから、あちらの御両親から預かった御令嬢、しかも茶の湯を絶やさぬ為に、嫁入りまでして来て頂いた、恩人ともお考えあそばしたのか……」

「そ、そんな恩人だなんて」

「いえ、私が御義母様の御立場なら、このように考えます。そして孫娘の琴音様は、おばあ様の『血』を継いでいる、それ故の御指導なのでしょうか……封建的ですけどね」

すると、ふわりと、良い香りが漂ってきた。紫苑が

「とりあえずハーブティーでも、どうぞ、オレンジピールを使いました。リラックス効果があるんですよ」

初音は一口、口にし、

「まぁ……柑橘の良い香りと、ほんとにほんのりした甘味……心安らぎますわ……」

(さすが紫苑お兄様……)

「あ、思い出しました、桔梗院琴音様、茶道部で、小テストも中間試験も常に、2位か3位に入ってる方ですね!私は面識が、まだありませんが」

初音はニコニコしながら、

「入学から常に『首席』の紫月様から、認識されたとは、恐縮です」

※紫月たちの学校では、毎月何かしらテストがある

紫月は頬を赤らめて、

「し、失礼いたしました……」

「あの子は紫月様に憧れているのですよ」

「……え?」

「『お母様!今回も紫月様が首席でしたわ!本当にすごいお方ですわ!』って目を輝かせて言うんですよ、ふふ、学校でも茶道部で、一目置かれてるみたいですが、なんででしょうね……」

すると、詩子が、

「初音様、もしよろしければ、今度『紫庵』がお休みの時、初音様たちのお時間が合えば、一度、私が亭主になり、琴音様の所作を拝見いたしたいのですが、いかがでしょうか?」

初音は、

「これは大変ありがたい御言葉ですわ、是非ともお願いいたします!」

「では、のちほど日取りを相談しましょう」

初音が店を出た後、詩子は、鬼の形相で振り返り、

「……紫陽様、紫苑様……、真剣な話をしている時に、なにを茶々を入れようとしているのです!」

「ちゃ……茶の湯だけに……」

(ば、バカ!紫陽⁉)

わなわなと、眼が座った詩子は、

「……お二人とも、このあと、まだお時間ございますわね……?御茶を点ててあげますから、茶室へどうぞ……」

「……はい」

「……はい」

哀愁漂う後ろ姿で、茶室に入っていく、二人の兄を見て、紫月は苦笑いしていた。









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