第4話 café「紫庵」本日のOPEN

 三人は、店に着き、それぞれ制服に着替える。紫陽と紫苑は真っ白いウイングシャツにカマーベスト、艶のある黒のスラックス。二人の違う点といえば首元であろう。

紫陽は藤色の「ボウタイ(蝶ネクタイ)」、対して、紫苑は赤紫の「アスコット・タイ」である。着替え終わった姿を見るたびに、門脇たち従者は「ほおぉ」と感嘆する。こんな美しい兄弟がいるのだと、だがそこに、姫が現れる……

大正ロマンを具現化したような、まさに「すみれ女史」。矢絣やがすり模様の上衣に藤色の袴、フリルのついて、でも動きやすい真っ白いエプロン、動きやすさを考慮し、ブーツではなく雪駄、美しい銀の髪には「菫色」の大きなリボンが鎮座している。門脇・兜塚・櫻井は、この姿を見るたびに「……ほぉ……」と一瞬惚ける……が、その後ろから、

「……貴方がた、一流といわれる者たちが、何をなさっておいでです‼‼毎度毎度!」

……茶の湯の鬼、「久恩寺詩子くおんじうたこ」が後ろから、とてつもない圧を放っていた……見ていた紫月は、

「まあ、詩子さん落ち着いてください、ふふ……」

「なりませぬ!こんなお着換えをしたお嬢様の姿を見る度に、鼻の下を伸ばす従者など、自覚はありますのか⁉ましてここは神聖なcafé「紫庵」ですよ⁉」

もう三人はタジタジである、礼儀に厳しい詩子であるが、こと、紫月のことになると、自分の娘のように申してくるので、紫陽も紫苑も、ぶっちゃけ触りたくない……

「う、詩子さん、まぁ、そのへんで……」

「紫陽様、次期当主たるもの、従者に甘い顔をしては、いけませんよ」

「わ、わかった、肝に命じる……」

(こうなったら、この人、止まらないんだよなぁ……)

すると、紫苑が、にっこりとして、

「詩子さん、三人も反省していますし、そろそろ、ね」

「……ふぅ、紫苑様には、敵いませんね、では、開店しましょう」

男衆三人は、ほっと胸を撫でおろした……

(ほんと、我ら紫苑様に感謝だ……うぅ)

夕方からのオープンからは、支配人の全権は、紫陽に移る。いらっしゃるお客様に、最初に挨拶するのが紫陽だ。珈琲か、紅茶か、日本茶か、その依頼というかオーダーで、担当が変わる。珈琲なら紫陽、紅茶なら紫苑、日本茶なら紫月の担当となる、「リリン……」とドアの鈴がなる、最初の御客様だ、御常連の谷川様、出版社のCEOだ、いつも穏やかな笑顔でいらっしゃる。

「いらっしゃいませ、谷川様、本日は?」

「うん、コーヒーを頂きたい、ところで、紫陽君、すごい高いコーヒーのこと、耳にしてね、どのようなモノなんだい?」

「そうでしたか、では、お話ししますので、お席に御案内いたします」

谷川氏をいつものカウンター席に御案内した。おしぼりを渡したところで、

「谷川様、高級な珈琲ですよね?面白いところですと、『ブラックアイボリー』ですね、世界でも、トップに位置する珈琲豆です」

「ほう……どんな豆なんだい?」

「はい、タイ北部にある象の保護センターで生産される珈琲です」

「……ぇ、象の保護センター……?」

「はい、象の糞から作られているのです、アラビカ種のコーヒーの実を象に食べさせ、糞から取り出した豆が珈琲になるのです。高価なのは、象の数が少なく、作られる量が限られているので、市場に流通しないからだとか、私も後学のために試飲しましたが、苦みがなく、チョコレートのようなフレーバーで、口当たりが良かったですね」

「ほ、……ほう、そんな豆が……」

「ちなみに、もし紫庵で提供するなら、一杯『2万円』でしょうね、はは」

(に……二万……はは)

「谷川様、本日は、どうなさりますか?」

「ぁ、とりあえず、本日のブレンドコーヒーと、ガトーショコラを……」

「かしこまりました。本日はブラジルをメインにブレンドしたので、谷川様のお好みにも合うかと」

紫苑が、紫陽と谷川氏の、やり取りを聞きながら吹き出しそうになっていた

(そりゃそういう反応になるわな、くく、俺も一口だけ試飲したけど、前情報が強烈過ぎて、味どころじゃなかったわ……はは、ん?でも紫月は「ほほう……」とか言いながら、普通に飲んでたな……)

紫陽が谷川氏に珈琲をお出しする、頂くよ、と一口くちに含むとニコリと微笑み、

「さすがだ、バランスの良い味わいだ、ありがとう」

すると、『すみれ女史』の紫月がガトーショコラを運んできた。

「どうぞ、谷川様」

「やあ、ありがとう、本当に可憐だねえ」

「恐縮です」

谷川氏は、女性の褒め方にも、いやらしさを微塵も感じさせない紳士である。

すると、ちりんチリん、とドアの鈴が鳴る、二、三名の御婦人の御来店だ

「ああ、いらっしゃいませ、マダム綾川」

紫苑では女性のお客様には「マダム」の敬称で呼ぶ。

「おい、紫苑、お呼びだぞ」

「そんな紫陽君、お呼びだなんて……」

友人のマダムたちも、クスクス笑っている、

「おい、とか言うな、学校じゃないんだから、たく」

「はは、すまない」

「あら、もう、貴方たちのやりとり見てるだけで、おなか一杯になっちゃうわ、ねぇ?」

友人たちも、ほんとほんと……と茶化される、その声に気づいた紫月が寄ってきて

「いらっしゃいませ、マダム綾川、皆さま、この前は、美味しいマカロンありがとうございました」

「良いのよ良いのよ紫月さん、ここのガトーショコラには太刀打ちできませんが、ふふ、でも本当にお人形さんみたいに可愛らしい」

「また、そんなお戯れを……ふふ」

紫苑が、

「ではマダムがた、こちらのお席へ」

「ええ、ありがとう」

「本日の紅茶は、どうされますか?」

「皆さん、あなたに、おまかせするそうよ、あとガトーショコラもお願いね」

「……そうですね、ガトーショコラを召し上がるのでしたら、コクのある『アッサム』をご提供いたします」

紫苑が、カウンター裏の「紫苑の紅茶用スペース」で紅茶の淹れ方に入った、眼の色が変わる、目の前には、科学実験でもやるのか?という器機の取り揃え、「水」だが紅茶に限らず、他のドリンクを作るとき、水道水よりペットボトルのミネラルウォーターが良いという意見が大多数だろう、ただ熱いストレートの紅茶入れる際は、この限りではない、水分中に最初に含まれている、空気も大事なのだ、空気をたくさん含んだ最新の浄水器の水道水を沸騰させる、沸騰が弱いと、茶葉のジャンピングが弱く、沸騰させ過ぎて、水中の空気が飛んでしまうと、ジャンピングしなくなる、それで紫苑は、徹底した湯温を測るため、調理師が病院の調理場で使う、中心温度計で、測るのだ。そして茶葉をポットでジャンピングさせ、あらためて温めていたカップにストレーナーを使い、丁寧に淹れる。傍から見れば、科学実験だ。

紫苑は、ふぅ、と、一言漏らし、マダムのテーブルに紅茶をもって向かった。紫苑の渾身の「アッサム」と、「ガトーショコラ」を合わせたマリアージュにマダムたちは卒倒していた……

「もう本当に紫苑君の紅茶の淹れ方には感動するわ」

友人の皆さま、うんうんと頷いている。紫苑にとって最高の瞬間だ。


ちりんチリん……と鈴が鳴る、あぁ、お客様だ、紫陽が出迎える。

「いらっしゃいませ、ってマダム朝霧、では御座いませんか、お久しゅう御座います」

「紫陽さん、久方振りですね、仕事が、忙しくて……今回は、お茶を頂きたいのですが……」

「はい、かしこまりました。紫月、マダムを御案内お願いします」

「承知いたしました、どうぞこちらへ、客人も少ないので、テーブルに御案内いたします」

「ありがとうね、お嬢様、貴女見てるとホント昔を思い出すわ……あぁ私も、若かった頃があったのよね……、でも分かってるの、どんなに、羨んでも、どんなに、懐かしんでも、……戻ることは出来ない……」

「マダム……」

「ねえ紫月ちゃん、今の貴女には、分からないし、解らないこと、だと思うけど、後悔は無いようにね、踏み出すのが怖いこともあるかもしれない……でもね、指をくわえて、待ってるよりなら、『やっちゃった』ほうが、良いわよ!ふふ」

マダムは、軽く、ふぅ……と一息ついて

「是非とも『紫月ちゃんの玉露』を頂きたいわ……」

その言葉を耳にし、嬉しくて、紫月の瞳からは、真珠の粒がほろりと零れた、そして……

「はい!マダム、私の『今の最高』を、お出し致します!」

そして、紅茶や珈琲と違い、手早くマダムに供された。

「どうぞ、召し上がってください」

「……うむ、……ほう……ほう、深い旨味とコク、香り、……素晴らしい」

マダムが紫月のに尋ねる

「この茶葉は?」

「はい、玉露の『あさひ』の新芽の茶です!」

「……は、ぁぁぁああ~こんな姫は得難い、兄様たち連れていって良いですか?」

紫陽と紫苑は、口を揃えて、

『絶対、駄目です』





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