第3話 抱き合う私たち
翌日の朝、私は教室に入り自分の席に座る。
相変わらず冷花さんは私よりも先に席に座っている。どんなに早くに学校に行ったとしても必ず冷花さんは私よりも先にいる。冷花さんがいなかったらいなかったで不安にかられていたと思う。
だから、冷花さんが先にいてホッとし、どこか安心感を覚える。ただ、今はそんな気持ちに浸かっている場合ではない。
私が冷花さんに話しかけべきなのか、それとも冷花さんが話しかけてくるのか。こんなことで悩んではいけないとは思っているけど仕方がないこと。
冷花さんは自分から誰かに話しかけたことが一度もない。そんな彼女が私に話しかけたらどうなるか一目瞭然だろう。だったら私が話しかけるべきなのではと思う。だけどね、その、勇気が出ないというか何と言うか。
悲しいかな。私は誰かに話しける勇気なんて最初から持ち合わせていないのだ。じゃあ、なんで図書室で冷花さんに話しかけることができたのかって思うかもしれない。
――そんなの知らない。
この一言に尽きる。あれは私が自分の意思で話しかけたと言うよりかは吸い込まれた。この表現でしか言い表すことしかできない。それほどまでに冷花さんが魅力的で可愛くて――
「……話しかけるの待ってるって気づいて」
「うん、冷花さんは今日も可愛いね……っ!?」
私はまたもややらかしてしまいました。
自分が言ったことがとてもじゃないが恥ずかしすぎて手で自分の顔を隠してしまった。今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたいができない。逃げたって何も解決しないことぐらい、こんな私でもわかってる。
私はふと思う。いや、でもあんまり大したこと言ってないのでは。容姿をただただ褒めてるだけで何も恥ずかしがるほどのことではないんじゃないかなって。
そういう考えが私の中で広まって、固まる。それが間違いであるとも知らずに私は固まった考えのもと、恐る恐る冷花さんの顔を確認する。
視界の先にはいつもの無表情とも言えるような表情が崩れて赤面とかし、アワアワと取り乱している冷花さんの姿があった。
「か、かか……かわいいっ?!わた、しが……!?えっ…あっ……え?」
「れ、れいかさん……?ど、どうしてそんな反応……かわいいとか言われ慣れてるんじゃ……」
「は、はじめていわれた……」
私の予想と反した反応とかわいいと言われたことがないという驚愕の事実。考えてみればわかることだったのかもしれない。反応だって昨日のことがあったのし、かわいいと言われたことがないのだって私以外に友達がいないのだからあり得た話だ。
それなのに、また昨日のように私は自分の物差しで当たり前だと思い込んで考えてしまった。私の嫌いなあの彼女みたいに。その事実が先程まで感じていた羞恥心や言葉にできない感情を消し去り、嫌悪感と恐怖を生み出してしまう。私に欲望のまま好き放題にしたあの女が許せなくて許せなくて許せなくて。
視界が歪み、息が微かに荒くなる。あのときの不快な記憶を思い出して身体の震えが止まらない、止められない。
だけど、次の瞬間には既に身体の震えが収まっていた。
「柳瀬さん、落ち着いて」
「冷花さん……?なんで抱きついてっ……!」
柔らかい感触と温かいぬくもりが私の身体を優しく包み込む。不安、不快感、そんなものが消えてなくなって安心感を与えてくれる温かい心に私は涙が出るのをぐっと抑える。
昨日の腕に抱きつくのとは明らかに違う。何が違うのか言葉にするのは難しくて、だけど何かが違くて。
私はそのまま冷花さんの背中に腕を回して抱き返す。この安心感に浸かっていたくて、依存していたくて――
――気づけばクラスメートの注目の的になっていた。
「……冷花さん……そろそろ離れてもいいんじゃないかなって」
「あっ……ごめん。でも、もう少しだけこのままでいさせて」
冷花さんはそう言って私の胸に顔を埋め、息を荒くし始める。クラスメートの目がある中でのこの堂々とした行為。
まだ会ってから一週間しか経ってないが、もしかして友達の間ではこういったスキンシップなどの行為は普通なのかな。うん、普通のことだと思う。だって、この一週間で読んできた百合小説や漫画に出てくる女の子たちはスキンシップをしていた。
そう思えば何も問題を感じない。問題なのは私たちに生暖かい視線を向けてくるクラスメート達の方だ。
なにその微笑ましいものを見るかのような生暖かい目は。今まで私でも引くぐらいにソワソワしてたじゃん。それなのにこの変わりようはなに。
今までの様子とは一変している様に私は呆れずにはいられない。本当にこのクラスの人達が何を考えてるのか到底わかる気がしない。でも、それでもいいかもしれない。
無理にわかろうとする必要なんてない。それは私の心の奥底で渦巻いている気持ちにも同じことを言える。無理にわかろうとしたところでかえってあらぬ方向に勘違いしてしまうことだってあるし、それで傷つくことだってある。
だから、冷花さんに気づかれないように今日も私は自分に嘘をつく。
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