第4話 交換日記

 今朝のことがあってから、いつも私と冷花さんとの間にある壁が少し分厚くなったような気がする。いや、推測なんじゃなくて確実に分厚くなっている。


 今はお昼休みの時間。他の学校と違って三時間目が終わったらお昼休みなのでちょうどいい時間でお昼を食べられる。中学の時の空腹に耐えながら授業を受けてた日々が懐かしく感じる。


 だけど、そんな懐かしさに浸っているほど心に余裕があまりない。

 視界の先には何もしないで本を読んでいる冷花さんがいる。


 「冷花さん……お昼は食べないの……?」

 「……わたし昼は何も食べないから」 

 「そ、そんなの駄目だよ!?ちゃんと食べなきゃ……」


 自分でも驚くほどに大きいが声が出てしまい咄嗟に口元を抑える。今朝のようなクラスメートからの視線が私に刺さって、顔に熱くなるのを感じる。


 「ご、ごめん。いきなり大きい声出しちゃって……でも、お昼はちゃんと食べなきゃだめだよ……だから、明日から冷花さんの分まで作ってくる。拒否権は与えません」

 「ふふっ……柳瀬さんってやっぱり変。おどおどしてるのに吹っ切れると行動力の化け物みたいになるし……」

 

 冷花さんはこんな私がおかしかったのか笑っている。嘲笑などの人を馬鹿にしている笑いではないので嫌な気はしない。それどころか嬉しさを感じてしまう。

 

 冷花さんのこういった表情をなかなかお目にかかることなんてできない。気づけば私はスマホで冷花さんのこと撮っていた。


 「……柳瀬さん?許可なんてしてないのになんで撮ってるの」

 「ち、ちがうから!?そ、そう!身体が勝手に動いただけだから……!」


 表情は一転して、いつものような冷たい表情になっていた。だが、いつもと違ってさらに冷たさに磨きがかかっている。完全に格下を見下して嫌悪感を抱いている悪役令嬢のような冷たさ。


 背筋が凍りつくような感覚がするが、それと同時にゾクゾクと目覚めてはいけない何かが刺激される。

 

 このまま冷花さんのこと撮り続けたら一体どうなるってしまうんだろう。気になる、気になってしまう。よくない思考が一瞬で私の頭の中を支配し、私は冷花さんを撮り続けた。


 「そういうことするってことは何されても文句は言えないし、言わせない」


 そう言って、おもむろにスマホを取り出した冷花さんは私に向かってシャッターを切る。

 パシャリ、パシャリと私たちの間では沈黙の代わりにシャッター音が鳴り響く奇妙な空間ができてしまった。


 傍から見たら私と冷花さんって相当変なことしてるように見えるよね。というか絶対に見えてる。でも、なんだか楽しいって思えてしまう。


 どこかおかしくて、だけども日常の一部で楽しくて。そういった高校生でしかできないことを私は心の奥深くで求めてたんだなって本当に思ってしまいます。

 


 ◇◇◇



 お互いに写真を取り合う奇妙な時間から数時間が経って私は家の自室にいる。いつもなら冷花さんと一緒に図書室で本を読んだりしたりするが今日は違う。なぜなら交換日記を書かなければならないから――っていうのは建前で、本当は冷花さんが何を書いたのかじっくり味わって満足したいからだ。


 だから、私は冷花さんには申し訳ないが早めに家に帰ってきている。冷花さんに一緒に行けないと言ったときのあのふくれっ面を忘れることができない。拗ねていて可愛くて愛おしくて。それと同時に襲ってくる明日への不安で心がどうにかなってしまいそうだ。


 「……明日のことは考えたくない……何かお菓子でも献上しようかな。今はそんなことより交換日記のほうが大事だよね」


 期待と不安を抱きながらも私は交換日記を開く。


 ――今日から交換日記を初めた。何を書いたらいいのか考えても思いつかなかったので今日の柳瀬さんの可愛かったところを書きたいと思います。

 柳瀬さんはいつも可愛くて可愛くて監禁したいぐらいには愛してます。だって、私の唯一の友達なのだから。今日は授業中に眠くなって欠伸をしている姿がとても可愛らしくて思わず背中越しにときめいてしまいました。それとお手洗いをしてる姿を見て私の中の何かが暴走しそうになりましたが、必死に抑え込みました。えらいでしょ?

 

 愛してます柳瀬さん♡――


 唖然としてしまい言葉が出てこない。交換日記に紡がれている冷花さんの言葉と言葉越しから伝わる雰囲気、何もかもがいつもと違う。本当に冷花さんが書いたものなのだろうかと疑ってしまうが筆跡が表紙に書かれている文字と同じなので本当に彼女が書いたものなのだろう。


 なら、尚更よくわかんなくなってくる。愛してるとか監禁したいとか意味がわからないし理解したくない。でも、少なからず冷花さんに嫌われてはいないということだけはわかった。


 「うぅ……明日からどうやって接していったらいいの!!!!」


 私は思わず自分の部屋の中で叫んでしまう。交換日記を開く前の期待感なんてものはなく、あるのはただただ明日への不安だけだ。


 私は交換日記をそっと閉じて現実から目を背けるかのように布団に潜り込んだ。


 


 



 

 

 

 

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灯す明かりの冷えた花 宮乃なの @yumanini

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