第2話 沼にハマる

 あの日、柳瀬さんにお持ち帰りされた挙げ句、一睡もさせてくれなかった。それほどまでに柳瀬さんは激しかった。


 ――百合について語るのが。


 百合の素晴らしさや尊さを四時間に渡り語り続けられた私の心は百合に揺らいでいた。それに追い打ちをするかのようにアニメを見せられ、漫画を読ませられ。

 気づけば朝になっていた。

 

 

 その日から私は百合という沼にハマってしまい、今のように百合小説を嗜むようになってしまった。もう百合なしでは生きていけない。私をこんなふうにしてしまった柳木さんはいつか責任をとらせる。


 それにしてもこの小説の中でやってる交換日記、私もやってみたいな。この年にもなってと思うかもしれないけど、この年になるまでそういったことをしてこなかったからしかたがない。


 「ねえ、この小説の子たちがやってるような交換日記とかしてみたい」

 「交換日記……楽しそう……やってみたいかも」


 柳木さんは目を輝かせながら喜んでいる。こんなにも喜んでいる彼女の姿を見ているとこっちまで嬉しくなってくる。こんな柳木さんの姿は私だけが知っている。それだけで嬉しいなって思ってしまいます。

 

 「ちょうど使ってないノートが手元にあるからやろ……?」

 

 意気揚々とカバンの中からノートを取り出しては、表紙に交換日記と文字を書いている。交換日記人生で一度もやったことがなかったから私としても非常に楽しみである。


 冷花さんの字は丸みを帯びていて可愛くて、そして綺麗。どうしたらこんなにも美しい字を書けるのだろうか。


 それに比べて私には何もない。冷花さんのように綺麗な容姿でもなければ、それを補えるコミュニケーション能力があるわけではない。

 だからといって嫉妬などといった醜い哀れな感情を抱きはしない。そんな感情を抱くようだったら、私のことをいじめてきた彼女らと変わらなくなってしまう。


 「……柳瀬さん?聞こえてる……?」

 「ひゃっ!?な、なにするんですか」

 

 卑屈になりながら考えていたせいで、きっと冷花さんの声が聞こえていなかったのだろう。だから、いきなり耳元で囁かれて驚いて声を出してしまった。不覚にも少し感じてしまい恥ずかしい。


 「さっきから声かけてるのに無視するから」

 「ご、ごめんなさい……」

 「別に謝罪を求めてるわけじゃない……帰るから早くして」


 私の荷物も持ちながら、スタスタと歩いていく。相変わらず悪い意味ではないが冷たい。

 あの憎悪がこもった冷たさではない冷たさ。どう言葉で表現したら良いのかわからないがこう、温かさがあるというか。とにかく嫌われてはない。


 暗闇に光が差し掛かるかのような感覚を隅に感じながら、私は先に行っている冷花さんの後を追った。



 ◇◇◇


 校門から出た私たちは何故か手を繋いでいる。それも恋人同士がやるような指を絡ませるやつだ。だからだろうか、冷花さんの手の暖かさがしっかりと伝わってくる。


 「ど、どうして手繋いで……?」

 「本読んでて気になってたから気にしないで」

 「で、でも……!」

 

 有無を言わさぬ圧に私は圧倒されてしまう。明らかに友達に向けるものではないと私は思ったり、しなかったり。


 「そんなことより……柳瀬さん、耳弱いんだね?私ビックリした」

 「っ……!?わ、わすれてくだしゃいっ!」

 

 先程の図書室でのことを言われて、羞恥心で急激に顔に熱が帯び始める。そんな私を見ながら微かにニヤニヤとしている。

 

 こんなにも羞恥心で心を乱すのは始めて百合を知った日以来、始めてのこと。だから、自分でもこんな自分自身の反応に驚いている。


 「安心して?忘れてあげるから。その代わり教室でも会話して」

 「う、うん……!」


 私たちは教室では一切会話をしていない。お互いが先に声をかけられるほどの性格ではない。何より私はてっきり教室では会話をしたくないんじゃないかと思っていた。

 

 そう、私は思い込んでいた。本当は冷花さんも私と会話をしたかった。これは勘違いではない。

 

 現に冷花さんは顔をそらしているが、耳が熱を帯びて赤くなっている。あの冷たさも一種の照れ隠しなんだと思う。自分から言うにはどこか気恥ずかしくて。だけども普通に会話はしたくて。


 このような思考が交差した結果、少し冷たくなってしまったんじゃないかと思う。それは私も同じで、結局初めから私と冷花さんの考えていることは一緒だった。

 

 その事がとても言葉じゃ表すことができないほどに嬉しくて。


 私はそのまま冷花さんの腕に抱きついてしまう。


 「柳瀬さん……!?いきなりはビックリするからやめて」

 「ご、ごめんなさい……もう二度としないから」

 「ま、まって」


 冷花さんは驚いていたがそんな表情は一瞬で。次の瞬間には顔が赤くなっていた。これは絶対に怒っていると私は察し、離れようとするが冷花さんに止められる。


 「……別に嫌とは言ってない」

 「っ――」


 可愛いしか感想が出てこない。それほどまでに冷花さんの破壊力がすごすぎて。


 私は立ったまま気絶してしまった。

 


 

 

 


 

 


 


 

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