第3話 いいひとたち


 僕の家は4LDKで、1階に2つ、2階に2つ部屋がある。

 連載が軌道に乗ってアニメ化のオファーをもらったあたりで、前々から『自分の城』みたいなものに憧れがあったのもあり勢いで買った。ネットの不動産サイトで適当にいくつかチョイスし、担当さんと打ち合わせのついでに話し合ったりして。

 僕の担当さんはめっちゃ普通のお父さんってかんじで、僕が将来結婚して子供作って〜とかなんとか想像していたのかすごく熱心に相談に応じてくれた。バカだな、そんなことするわきゃないのに。

 でもいい人に巡り会えてよかったなと思った。


 廊下の床に散らばった本やら服やらを避けて、壁にたてかけたダンボールが倒れないように、いつものアスレチックを越えて1階いちばん奥の部屋へおじさんを案内する。

 キャリーケースを片手に持ち上げて不安定なバランスにも関わらずひょいひょい越えていく僕を見て、後ろをついてくるおじさんが驚いている。

 ふふ、慣れたもんでしょ。


「ここ、今日からあんたの部屋。好きに使って」


 元々は過去の原稿とかメモ書きとか資料用の服やら小物なんかを置いとく物置部屋。読まない献本とか同業者からもらったけど使ってない画材とかもまとめてぶち込んであって、風水とか最悪だろうなってかんじの陰気な空間になっていた。のを、昨日なんとか最低限片付けた。布団敷けるくらいには。


「邪魔なもんあれば廊下に出しといてもらえればどうにかしとくから……あとなんの説明したらいいんかな、ルームツアーでもする?」

「色々ありがたいんですけど……俺、仕事の邪魔になってないですか?」


 背負っていたバックパックを下ろして部屋のドア脇に置きながらおじさんがそんなことを言うので僕は面食らった。

 さっきからずっとそわそわしてるなと思ったけど、そんなこと考えてたのか。


「邪魔っていうのは?」

「あ、いや、駅からここまでとか、今のこの時間とか、む……無駄にさせちゃってるから」


 おじさんはどこを見るでもない目つきで両手をこねこねと揉んでいる。最初出会ったときからうっすら顔色悪かったけど、尚のこと血の色が失われているかんじがする。

 この人、今までどうやって生きてたんだ?

 ネットの、文字だけの会話では知りえなかった彼の表情や仕草を見て、自然とそんなハテナが浮かんだ。

 僕はもやんと沈んだ空気を晴らすみたいに両手を拡げて、満面の笑みで答えてみせる。


「大丈夫! 実は昨日脱稿したので今日一日フリーなのだ。てか最低限の説明しないと暮らせないっしょ?」

「そ、それはそう、ですが」

「僕がやりたくて時間割いてるんだから、気持ちよく受け取ってよ」


 その言葉を聞いてハッとした顔のおじさんは、また少し申し訳なさそうにして「ありがとうございます」とだけ呟いた。それでもさっきより不安の色は消えたみたいだ。


 そんなこんなで家をぐるっと案内する。台所はここ、洗面所はここ、僕の仕事場は2階だからなんかあったら家の中でもDiscord送ってねーとか、これからの暮らしに必要な色々。

 ここに住み始めて何年か経つけど、こんな風に誰かに案内とかしたのは初めてだ。なんなら人を入れたことすらない。火災報知器の点検くらいじゃない?

 僕の人生にもこういうこと起こるもんだなあ。


「歯ブラシとかパンツとかある? 近くにドラストあるからあとで行こ。あーついでにメシ行こ! 歓迎会しなきゃね」


 一通り説明して玄関の前、廊下の入り口に戻ってくる。初体験ながらなかなか上手にツアーガイドできたのではないか?

 得意げに一瞥してみたおじさんの表情は、一言で表すなら『唖然』だった。

 その瞬間、この家の中と同じくらいごちゃごちゃの頭でごちゃごちゃ喋る自分の悪癖を思い出して流石にやべーってなる。ネットの知り合いだったけど通話とかはしたことなかったから、僕の土石流みたいなコミュニケーションに(というには一方的か)疲れさせてしまったかもしれない。

 慌てて「と、とりあえずドラストいこか」とおじさんの背中を叩く。ほら、歯ブラシとかって何個あってもいいしさ。

 反応がないので気まずい気持ちで横にある彼の顔を覗くと、先ほどとは打って変わって微かに微笑んでいた。

 は? な、何?


「えーと……、いまどういう感情?」

「いや……刈羽さんの作品見て、SNSのポスト見て、すごい真面目でしっかりした人なんだろうなーって思ってたから……」


 普通の人で安心しました。

 そう言ってくすくす笑うから、僕は気が抜けて、「なはは……」なんて情けない声で一緒に笑ってしまった。

 特別な理由なく散らかった靴とダンボールと服と書類の上で、初対面の二人で今日から同じ家に暮らし始める僕らは、普通に笑った。

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