僕が殺した君
学校の屋上。
フェンスの向こう、空に向かって立つ一人の少女がいた。
名前も知らないその子は、目を伏せてこう言った。
「ねえ……死ぬのって、怖いかな」
僕は咄嗟に言葉が出なかった。
次の瞬間、彼女はそのまま身を投げた――。
あれから数ヶ月。
あの日のことは“事故”として処理されたが、僕の中で何かが止まったままだった。
そんなある日、机の中に見覚えのないスマホが入っていた。
画面にはたった一通のメッセージ。
「君が未来から来たこと、私は知ってるよ。」
ふざけてるのかと思った。
でもそのスマホには、僕の名前と、あの少女の姿が写った写真が何枚も保存されていた。
おかしい。彼女とは言葉を交わしたのも、あの一瞬だけのはずだ。
スマホにはひとつだけ不思議な機能があった。
「昨日に戻る」「2日前に戻る」「7日前に戻る」――
画面に現れる“選択肢”を押すと、気づけばその日の朝に“記憶を持ったまま”戻っていた。
そして僕は知ることになる。
あの少女・柚希(ゆずき)は、自分が死ぬ運命を何度も繰り返していること。
そして、なぜかそのたびに「僕」だけが彼女に近づき、関わり、
……最終的に彼女を「救えずに終わる」こと。
僕は何度もやり直した。
彼女に声をかけ、少しずつ心を開かせ、
笑わせて、手を引いて、彼女の居場所になろうとした。
でも、どんなに努力しても――
最後は必ず、柚希は死ぬ。
ある時は車に。ある時は水に。ある時は、自らの手で。
“何か”がこの世界で、彼女の生を否定し続けているようだった。
スマホの最深部のメモリに、ひとつの映像が隠されていた。
薄暗い階段。
少年と少女が口論している。
彼女は泣いている。
彼は、叫んでいる。
そして彼女は、背を向け――階段から落ちる。
その少年は――“僕”だった。
過去に、僕と柚希は“恋人だった”。
でも、何かのすれ違いで僕は彼女を傷つけ、
その結果、彼女は命を落とした。
そして“未来の僕”は、その記憶を消して生きていた。
今ある自分は、タイムスリップによって“過去の罪”と向き合わされていたのだ。
最後のジャンプ。
もう後戻りできない選択肢。
僕はすべてを告げる。
「過去に僕は君を傷つけた。何度も何度も……君を死なせた」
「それでも――君に生きていてほしい。やり直させてほしい。全部を、僕が背負うから。」
柚希は涙を浮かべ、ゆっくりと手を伸ばす。
「じゃあ、私を“未来”に連れて行って」
スマホの画面が、ふたりを優しく包み込むように光った。
“今”の世界に戻ってきたとき、学校に見慣れない転校生がいた。
笑い声が教室に響く。
「ねえ、君が……律(りつ)だよね?」
振り返ると、そこには柚希がいた。
名前も、記憶も、過去のすべても変わっている。
でも、心の奥にだけ、確かに“あの時間”が残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます