第1話 ビルの山の裾野で
遠くのビルの山には魔物が住んでいるのだろう。
リュウエイは、屋根の上に腰を下ろして、遠く霞むビルの群れを見つめていた。層雲が頂上を隠し、地平線さえ遮るその影を、一直線に。
両親が行ってしまった。一週間は帰ってこない。帰ってきたとしても、いつも片方だ。一年ごとに交代して、親のようにふるまって。数台のAIを携えて。
「お前。そこで何をしている。」
不意に飛んできた怒号。すぐ目の前だ。そこにビル群以外の治安を管轄する治安維持を担う企業があった。屋根よりも低いプレハブ小屋の窓から見慣れた顔が突き出ていた。リュウエイが不良警官と揶揄しているエトウミネだ。ぼさぼさした髪で、普段している装備を外したラフな格好で。
「普段はこのティアをぐるぐる回っているサボり魔が、こういう時には仕事をするんですね。僕、感動して涙が出そうですよ。」
皮肉交じりに返して、リュウエイは屋根からひょいと飛び降りた。プレハブの出入り口から現れたミネに向かって、息を弾ませながら顔を上げた。
「お前が屋根にいたせいで、アラームが鳴った。なにが起きたか分かるか。俺の昼寝が30分で終わり、飛び起きることになった。家に誰もいないことは聞いている。お前の親からだ。しかし、それで何をしても良いことではない。AIがお前の行動を検知し、その警告が俺の頭に突き抜ける。お前がそのようなことをするたびに、俺の仕事が増える。必要ではない仕事を増やす奴はお前以外にはいないぞ、リュウエイ。」
一息で繰り出された物言いに、言葉が崩れ去る。
「暇なんだな。なら、外回りに付き合うか。血潮が噴き出し、剣や銃が黒光りしながら空を舞う——そんなことはない。車でこのティアを一周するだけだ。俺たちの重要で、日に2回やらなきゃいけない……。つまらない仕事を。」
ミネの呟きを聞くと、リュウエイは頷いた。
「血潮が舞うほうが良いな。刺激的だし。あなたがそのようなことをする姿が想像できないし——。」
「……お前は本当に望んでいるのか、それを。」
射貫くようなミネの視線。恐怖が少し混じったような。何か間違ったことを言ったのか。冗談を冗談で返しただけだ。でも、確実に突いてはならないものを突いた。
「まっ、いいか。色のついたことが見回りであり得るわけないし。そんなことになっても、お前を無傷で、借りをたっぷりつけて返せるか。」
妙な重みがあった。口に出してはいけない契約を結んだように。
ミネは肝心なことはいつもはぐらかす。気だるげな笑みをいつも浮かべていた。
誰かが死にかけようが、その目がどれだけ赤く染まろうとも。
変わらない笑みがそこにあった。口を吊り上げてさえすれば、笑っていると思っているような。
ダルチダイブ 立喰 アーテ @Tatikui_arte
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