第3話 風呂場の衝撃! えっ、女子!?
翌朝、俺は硬い床で寝たせいで軋む体を叩き起こし、窓の外を見た。シルバーヘイブンの空は、今日も今日とて変わり映えのしない、どんよりとした曇り空だ。まあ、俺の人生みたいで落ち着くが。
ベッドの方を見ると、リアナはまだすやすやと眠っていた。昨日よほど疲れたのだろう。それにしても、本当に綺麗な寝顔だ。銀色の髪が枕に散らばり、朝日(曇り空の隙間から漏れる、わずかな光だが)を受けてキラキラしている。…って、いかんいかん。何を考えてるんだ俺は。相手はただのガキ…少年だ。
「おい、リアナ、起きろ。朝だぞ」
肩を揺すると、リアナは「んん…」と小さく身じろぎし、ゆっくりと目を開けた。長いまつ毛が震え、アメジスト色の瞳が、まだ眠たげに俺を映す。
「…カレブさん…おはよう、ございます…」
寝起きのかすれた声が、妙に…可愛らしい。
(…いや、だから違う!)
俺は自分の邪念を振り払うように、わざとぶっきらぼうに言った。
「さっさと起きろ。今日はやることがあるんだ」
「は、はいっ!」
リアナは慌ててベッドから飛び起き、ボサボサの髪を手で直そうとしている。その仕草も、なんだか小動物みたいで…。
(…落ち着け、俺)
とにかく、まずはこいつを綺麗にしなくては。昨日からどうも汗臭いし、服もボロボロだ。
「いいか、リアナ。まずは風呂だ。この宿にも一応、共同の浴場がある。時間は男女で分かれてるから、今なら男の時間だ。さっさと行って、汗を流してこい」
俺は懐から手ぬぐいと、使いかけの石鹸を放ってやった。
「え? お風呂…ですか?」
リアナはきょとんとした顔で、手ぬぐいと石鹸を見つめている。
「なんだ、風呂も入れないのか?」
「い、いえ! 入れます! 入ってきます!」
なぜか妙に慌てた様子で、リアナは手ぬぐいと石鹸を掴むと、部屋を飛び出していった。
(…変な奴だな)
俺はその間に、昨日の残り物のパンでもかじって朝食を済ませておくことにした。
しばらくして、リアナが部屋に戻ってきた。
「あ、あの、カレブさん、お風呂、気持ちよかったです…!」
湯上がりで頬をほんのり赤らめ、リアナは少しはにかみながら言った。髪はまだ濡れていて、しっとりとした銀糸が肩にかかっている。服装は…昨日と同じ、ぶかぶかの少年用の服だが、それでも風呂上がり特有の清潔感と、ほんのり甘い石鹸の香りが漂ってくる。
そして、俺は気づいた。
風呂に入ってさっぱりしたせいか、あるいは髪を下ろしているせいか、リアナの顔立ちや首筋のラインが、どう見ても…
(…あれ?)
少年、だよな? 昨日もそう思ったはずだ。だが、目の前にいるリアナは…。
首筋が細い。喉仏がない。肩のラインが華奢だ。そして何より、胸のあたりが…少年特有の平坦さではなく、わずかに、本当にわずかだが、膨らんでいる…ように見える。
まさか。
いやいや、そんなはずはない。俺の気のせいだ。疲れてるんだ、きっと。昨日、面倒な奴を拾ったせいで。
「…どうしたんですか? カレブさん」
俺が黙り込んでいるのを不思議に思ったのか、リアナが小首を傾げて俺の顔を覗き込んできた。潤んだアメジスト色の瞳が、間近にある。
その瞬間、俺は確信した。
この近さで見れば、間違えようがない。
長いまつ毛。透き通るような白い肌。小さな唇。そして、ほのかに香る甘い匂い。
こいつは……
「お、お前……もしかして……」
俺の声が、自分でも驚くほど裏返った。
「え?」
リアナはきょとんとした顔で、俺を見つめ返している。その無垢な表情が、俺の混乱に拍車をかける。
「お前……女の子、なのか!?」
俺の叫び声が、安宿の埃っぽい部屋に響き渡った。
リアナは、俺の言葉の意味がすぐには理解できなかったのか、数秒間、ぽかんとした顔をしていたが、やがて自分の胸元あたりに視線を落とし、それから俺の顔を見て、みるみるうちに顔を真っ赤にした。
「ひゃあああああっ!?」
耳をつんざくような悲鳴を上げると、リアナは反射的に自分の胸の前で腕を交差させ、部屋の隅まで後ずさった。その怯えた小動物のような仕草は、紛れもなく「女の子」のものだった。
(……マジかよ……)
俺は頭を抱えた。
拾ったのは、薄幸の美少年じゃなかった。
追放されたのは、可哀想な少年じゃなかった。
俺が昨夜、ベッドに運んでやったのは。
俺が今朝、風呂に入れと命令したのは。
ただの女の子、だったのだ。
どうなってんだ、一体!?
面倒な拾い物だとは思っていたが、これは…面倒とかいうレベルを遥かに超えている!
俺の地味で平穏な日常は、どうやら昨日、終わりを告げたのではなかったらしい。
本当の終わりは、今、この瞬間から始まるのだ。
俺は天井を仰ぎ、もう何度目か分からない、本日一番深い溜息をついた。外の曇り空が、やけに恨めしかった。
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