熱中症と女神

「文芸部、どうですかー?」

オープンキャンパスに来た学生が行き交う中で、海は部活の勧誘をしていた。

(熱い…倒れそう)

海はあまりの暑さに、フラフラとしていた。

部室に戻ろうと歩き出したところで、足がもつれてしまう。

(あ……ダメかも)

倒れそうになったところを、誰かに手を掴まれて踏みとどまる。

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫……で…あれ?」

(この声、聞き覚えが…)

声の主はどこか見覚えのある少女だった。

彼女は心配そうに眉根を寄せて、海の手を掴んでいる。

隣にいた男子が海の肩を支えてくれたのは覚えている。

「……さん、ーさん!」


「はっ!?ここどこ!?……部室?そうだ、勧誘!」

ガバッと起き上がると、そこは文芸部室だった。

目の前に見覚えのある少女と、その友達と思われる男子が立っている。

「あ、よかった!大丈夫ですか、海さん」

「やっぱりミアちゃんだったのね。あなたも、ありがとう」

「いえ、熱中症だったみたいです。沢山水飲んで、塩分とって安静にしてくださいね」

「ありがとう。ごめんなさいね。重かったでしょう?」

「軽いですよ」

彼のお世辞に少し笑い、そばに置かれていたペットボトルを開ける。

ひと口飲んでから思い出してカバンを開けた。

「ミアちゃん、あの時のタオル、ありがとう」

「わっ、いいんですよ!」

ミアにタオルを手渡して、男子に目を向けた。

「私は、詩願海。あなたは?」

「花野沙樹です。海先輩、ですね」

「助けてくれて本当にありがとう。沙樹くんは、ミアちゃんの彼氏なの?」

「違います。友達です」

「あら、そうなの?お似合いなのに」

海の言葉に沙樹とミアはまたかと言うように顔を見合わせた。

よく言われるのだろう。

(あらあら……)

海は笑みをこぼして、ミアに振り向いた。

「文芸部、興味あるんでしょう?」

「はい!でも、どうしてー」

「honeyリボン」

海の言葉に、ミアが動きを止めた。

部屋を出ようとしていた沙樹も驚いたようにこちらを見ている。

「最近、よく読んでるんだけど知ってるかしら?」

「は、はい!もちろんです!」

ミアが焦ったよう言う。見守る沙樹。

(ふーん…でやっぱりミアちゃんだったのね)

懸命に隠そうとしている2人に合わせて、海はニコッと笑う。

「ええ!だからミアちゃんも、その人に憧れてたりするのかなーって」

「は、はい!実はそうなんです!ところで、ここのー」

「そこまでだ、海」

ミアの言葉の途中で、ガラリとドアが開いてゆずが姿を見せる。

走ってきたのか肩で大きく息をしている。

「ゆず」

「倒れたって聞いたけど、大丈夫か?」

彼は真っ直ぐに海の方へやってきた。

ミアと沙樹はポカンとしてこちらを見ている。

(まぁ、そうだよね)

「大丈夫。この2人が助けてくれたの」

「……そうか」

「ゆず兄?」

ミアが心配そうに言う。

「何でもないよ。ミアは花野と帰れ」

「え?でも」

「いいから早く」

「わかりました。行くぞ、ミア」

後ろ髪を引かれたようなミアの手を沙樹が掴む。

2人の足音が遠ざかるまで、ゆずは海から目を逸らさなかった。

「…何のつもりだ?」

「別に?話してただけよ。……それにしても面白いわね、「honeyリボン」いえ。ミアちゃんは」

「ミアに何する気だ」

「何もしないわ。もっと彼女の小説を読みたいだけよ」

「……これを見ても、同じことが言えるのか?」

ゆずが見せてきたスマホの画面にはあるサイトの写真が表示されていた。

「これは……どうして、ゆずが知ってるの」

「やっぱり、海が書いたんだな。ミアが好きなのも冗談か?」

「冗談…というより、半分本気で半分推しなのよ」

「気に入ったんだな」

「ええ」

ゆずがため息をついて、ドサッと椅子に腰を下ろす。

スマホ片手に、斜めに海を見た。

「何がキッカケだ?」

「……2週間くらい前に彼女と会った時。私が倒れていたところを助けてくれたの」

「熱中症?」

「そう。倒れてる私にタオルと水を持ってきてくれたわ。女神が見えたと思ったの」

「女神?」

「そう、女神。私の“この力”を変えてくれるかもしれない女神とね。だから、レビューを送ったの」

「そうだったのか…で、“力”を変えてくれると思ったのは?」

「ミアちゃの小説を読んだから」

海はゆずに背を向けて、窓の外を見る。

彼女の小説には、温かいものがあった。

それに、海は直感したのだ。

「ミアちゃんは“特別”だと思ったの。私の現状を明るくしてくれるはず。ゆずには悪いけど、彼女と接触させてもらうね」

「………わかったよ。危ないことはするなよ」

「もちろん」

カバンを取り上げて、ゆずに笑いかける。

危ないことはもちろんしない。

ただ、“特別”なミアの小説を読むだけだ。

「じゃあね、ゆず」

部室を出て正門へ向かう。

何が大きく動き出しそうな予感がした。

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