伝えられない気持ち
蝉の大合唱が聞こえてくる自宅のリビングでミアがお茶を飲んでいる。
その向かいで彼女のスマホを持っていたゆずは、ため息をついた。
(何だこれ…イタズラじゃないのか?)
「ミア」
「ん?」
お茶を飲んでいたミアが真っ直ぐにゆずを見る。
「この「リリー」って人、お前の小説フォローしてるの?」
「んー…毎回じゃないけど、今回の作品の3つ前くらいからフォローしてくれてるよ」
「そうか」
ミアの話によると、彼女の小説を知っているのは部活の顧問と部長、それから花野従兄弟だけだった。
(その中の誰かか…?本当に?いやもしかしたら)
ある可能性が浮かび、ゆずは頭を振る。
そんなはずはない。だってー。
ミアに目を向けると、彼女はキョトンとしていた。
「なぁ、ミア。お前さ……」
「ん?」
ミアが首を傾げてこちらを見てくる。
その真っ直ぐな瞳を受けて、ゆずはたまらず目を逸らした。
「ーいや、何でもない」
言えなかった。きっと、会いたくなるから。
「?」
ミアは首を傾げていたけれど、特に何も聞かずにいてくれる。
そのことにホッとして、彼女にスマホを返した。
心臓が不安な音を立てていることは変わらなくて、ゆずは混乱と焦りに駆られて麦茶を一気に煽る。
「……そういえばさ、ゆず兄」
「ん?」
ミアが迷うようにゆずを見やる。
「………」
「?どうした、ミア?」
「えっ、と……ゆず兄、数学教師、めざしてるんだよね?」
「そう、だけど……?」
何だろう、嫌な予感がする。
ミアと目が合わない。心臓が痛い。
彼女が頬に手を当てた。ー困っている。
それは、ミアが困っている時の癖だった。
(多分、俺の進路のこと聞きたいんだろうけど、本音はもっと奥……多分、“あの子”のことだ)
「おう、数学教師を目指してるぞ。ミアも知ってるだろ?それが、どうしたんだ?」
ゆずはあえて、何もないように答えた。
対するミアは明らかに動揺している。
「……っ!そ、そうだよね……えっと」
「ん?」
「な、何でもないよ……!」
ミアがバッと立ち上がり、スマホを掴んで玄関に走る。
「わ、私。もう帰るね…!」
ゆずの返事も聞かず、ミアが玄関を出ていく。
「………はっー。悪いな、ミア…」
ため息をついて、スマホのメッセージアプリを立ち上げる。
『お前、「honeyリボン」って知ってる?』
『知ってるよ。面白いから最近よく読んでるの』
『そっか、ありがとう』
スマホを放り出し、ソファにダイブする。
「………まじかよ」
もしかしたらミアは“あの子”と出会っているのかもしれない。
この間、ミアのタオルを持っているのを見かけたからほぼ確定だろう。
(……もう、恋なんてしないとか言ってたくせに……)
ー何だか、胸騒ぎがする。
ミアが笑っていられることを願うのみだー。
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